初演はRostropovichとRichterです。おぉ…

CoppeyProkofiev.jpg

Prokofiev (1891-1953)
Sonata for cello & piano Op. 119 in C major (1949)
Marc Coppey (cello)
Peter Laul (piano)
AEON AECD 0636 (2005)

この曲には、私的「ツボ」があります
第1楽章冒頭からしばらく続く時間
ピアノの簡潔なリズムに乗って
チェロがピツィカートで入るまでの「音程」というんでしょうか

ここまでの独奏チェロは、かなり音域的に上下動しています
まぁ最初の挨拶みたいな感じで即興的に進みますが
この辺の音程維持が甘い録音には、少しがっかりします
てか、ここで?な演奏は、曲全体に渡り、残念ながら
終始音程の平衡を乱しているように聴こえます、私には

新しい録音を聴楽する毎に、この箇所は何気に緊張します
今まで、曲冒頭に関して私的に満足したのは
Boris Pergamenschikow, Pavel Gililov 盤 (Orfeo)
Raphael Wallfisch, John York 盤 (Black Box)
Alexander Ivashkin, Tatyana Lazareva 盤 (Chandos)
でもって今回のMarc Coppey, Peter Laul 盤 でしょうか

第1楽章、Sweetな第2主題への変換は
ピアノのたった一つの「導音」的な音で始まるのですが
注意深く聴楽していないと、非常に唐突な感じもしますね
簡潔を究めるような晩年の作風は
聴き流してしまうと勿体ないような宝の山なのかも知れません

ピアノ伴奏の上にチェロ独奏が乗るというよりは
対話をしているような感じが曲全体にあるような気もします
その「お喋り」も、第1楽章と第3楽章だと
仲のよい夫婦の会話みたいな感じがするかなぁ…

で、サンドイッチされている第2楽章なんですが
これはもうある種Prokofievの独壇場とも言える
子供の「かくれんぼ遊び」の無邪気な戯れになります
遠い昔の光景が見えるような気もする
それはどうやらいつだってキラキラしているものなのかな
若い頃には小説も書いていたProkofievですが
物語の展開というのと、音楽のそれは通じているみたいです

曲全体は楽章毎に急緩急という形式ではなく、何と言えばよいのか
「今」「回想」「今とそれから先」な趣があると思うんです
古典派の「ソナタ」とは大分雰囲気も違うのですが
ここはProkofievの技量が滲み出る所でしょうね

Marc Coppey (マルク・コッペイ 1969-) のチェロは
かなり近めに聴こえる録音ですね
柔らかく調整されたのではなく、時々ずっしりとした質感を主張
Peter Laul (ペーター・ラウル 1977-)の ピアノも
この曲の「対話的」要素をわかっているのか
伴奏に徹するというのとは違いますね
時々は主人に気合を入れるのを忘れません



コメント 2

quietplace  2011, 05. 29 (Sun) 11:11

染さんへ

> チェロソナタ…私は言葉に出来ない感覚を覚えました。
> Black Boxのでしょうか。
> 言葉に出来るほど聴いてみようかとも感じました。

私は音楽の専門用語は疎いので
普段の言葉を使った表現しようと思うのですが
これもサラサラッとは書けませんねぇ

チェロソナタについて文を書くのはおそらく初めてです
いい曲だとは思っていましたが、やっと書きました

編集 | 返信 |  

染  2011, 05. 28 (Sat) 23:41

チェロソナタ…私は言葉に出来ない感覚を覚えました。
Black Boxのでしょうか。
言葉に出来るほど聴いてみようかとも感じました。

編集 | 返信 |  

新着記事一覧