こだわりのある曲について書くと、やはり長くなりますねぇ…

ProkoSym2polyansky.jpg

Prokofiev (1891-1953)
Symphony No. 2 in D minor Op 40 (1924/1925)
Russian State Symphony Orchestra
Valeri Polyansky
Chandos CHAN 9989 (2001)

さて、このRozhdestvenskyの録音は、後の情報では1962年のものだそうで
もうすぐ収録後50年になるんですねぇ…。私の生まれる前ですが
購入した年が1980年でしたから、当時からするとまだ18年後
それにしては音が悪いなぁ(苦笑)、なんてね
確か\10000もしないステレオで聴楽していた中学生にもそう思えましたよ

しかし、初聴楽ということで、この音の悪さが正に怪我の功名だったかも
録音が悪い、再生装置が?という二重の偶然の賜物か(再度苦笑)
大管弦楽の響きが錯綜する第1楽章には合ってる!かも

第1主題の最初の強奏は、さすがに超高音域では細く感じますが
他の楽器との全合奏で出る時の主題後半部は本当に印象的です
(ダダダ、ダダダ、ダダダッダッダーのところ)
この主題は、しなる鞭が絡み付くように異様に進行して行きます
直後のピツィカートの強奏も、合奏でこんなに音の大きいのは珍しいかも
(Rozh.のこの録音はここが特に大きい音で収録されている気もするが)
やはりProkofiev最高のアバンギャルドはこの曲だと感じます

どこかHoneggerの第1交響曲と通じる部分も感じられる

第1主題→高音域、第2主題→低音域と極端を狙い
第3主題(どことなく第2主題の変形のような気がする)は
先行2主題のせめぎ合う中、それを制するように出る
異形の何者かが突如「顕現」するような雰囲気になりますが
長調でも短調でもないような、この摩訶不思議な音型は
かなり後になって、Guillaume de Machautの合唱曲を聴楽した時に
一瞬フラッシュバックしました

聴楽を進めつつ、驚き呆れる当時の私でしたが
提示部終わりの、無理矢理な音の畳み掛けというか
積み重ね方をする箇所に至ります
ちっともハーモニーを構成しないような音を並べて行くような
ピアノの鍵盤を面白おかしく下から上に向けて押して行くみたいな
普通はこういうことをしないんですけどね…
そんなことを平然とProkofievは実行している

当時のParis楽壇に対抗する野心に燃えていたのか
たった一人で大音響で敵陣に攻めて行く活力は彼らしいなぁと感じます
何か得体の知れない快感が私の耳を襲い始めましたよ

鉄と鋼で出来た大工場というよりは、汚れた液体で表面を覆い尽くされた
金属板を全身にまとった未知の危険な生物のように感じられます

意図的に創造された管弦楽の大混乱の様相を呈していますが
下地になる骨組みは、意外にも実に明快なのも同時にProkofiev風です
提示、展開、再現、コーダの切れ目ははっきり区別出来ますし
その事がこの曲を救っているのかも知れません

BeethovenのピアノソナタOp. 111を下敷きにしているとのことですが
私のOp. 111初聴楽は1999年と、かなり後になりました
あぁ、確かに仕組みの上では似ているというか、そっくりです

こう書くと、何から何まで特に伝統から外れているものはありませんね
築かれた土台の上でいかに暴れるか、という視点もあるんだなぁ
当時出始めた無調音楽の流れとは反対なんですが
調性音楽をとことん突き詰めるというのも、また冒険という思いを持ちます

まだまだ第1楽章については書きたいことがあります
(続く)

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