現代のピアノの機能を堪能する曲として、聴楽機会も多いです

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Prokofiev (1891-1953)
Six Pieces from Cinderella Op. 102
Boris Berman (piano)
Chandos CHAN 9119 (1992)

管弦楽の方に比べれば、数は少ない舞台作品の器楽編曲ですが
Prokofievとしてみれば、Romeo & Juliet と Cinderella については
余程のこだわりがあったのか、管弦楽では組曲が各3曲
ピアノの方では Romeo は1曲ですが
Cinderella については3曲もあり、それぞれOpusが付されています

舞踊の練習用ではなく (練習版がProkofievによるものかは不明)
演奏会用ですから、管弦楽とは別の方向を目指さしていて
もう同時に鳴っている音の数の多さでは、ちと驚異的ではないかな

今回採り上げるOp. 102は、「シンデレラもの」の最後になり
各曲の規模も拡大されています
もちろん、オーケストラに音量では対抗出来ませんが
その、出してくる音の根幹は、ピアノによって鮮明になります

感想としては、ピアノの簡潔なハーモニーに
独特の発想で管弦楽の各楽器の色が塗られて行く
そのような様を想像するのが非常に楽しい訳ですね
「さて、このパッセージをどの楽器に受け持たせようかな…?」
「よろしい!、これで行こう☆」みたいな作曲の情景が想像出来る

しかし、楽器の発達に合わせて、作曲家は工夫をして行くものですね
Prokofiev のこの作品も、ピアノにペダルがなければ成立しないでしょう

作曲の過程からしても、ピアノ→管弦楽の流れはあるでしょうけど
逆に管弦楽→ピアノを感じるのは、第4曲の Waltz
これは曲が始まると音が切れる瞬間というのが全くない感じがします
聴こえ方なんかは、もう現代の楽器の極致の一つでしょう
管弦楽であちこちから鳴る楽器の全てに対応しようという感じで
各楽器の担当するパッセージの極一部を鳴らして
全体として纏まるように出来ている

普通、一方の手で一つの旋律を最初から終わりまで
という感覚に慣れていると、何かバラバラな気持ちがするかもですが
ハーモニーに敏感な Prokofiev の作曲のキモですよ、たぶんこれは…

しかし、形態はどうあれ、このワルツはいつ聴楽しても盛り上がります
舞台ではシンデレラと王子が初めて一緒に踊る場面ですが
最初に出る主題はやや暗い情熱の籠ったものです
これはやはりCinderellaの不安が込められているのでしょうか
でも彼女は当然嬉しいワケですから、それが次の煌めくような主題に出る
短い間に類型的ながらも、心理的な動きが凝縮されているというか…
ピアノもここの部分はそれまでの超絶技巧の流れに区切りをつけ
深々とした「バーン!」が響きます

更に、第6曲の Amorozo 後半のアルペジオ風の部分も圧巻ですねぇ
愛の主題の下で波のように動く音の奔流が、何か超自然的に印象すら…
(ここでこの話が童話だというのに改めて気づく)
これが上手く、管弦楽版最後のチェレスタの走句に結びつきますね
ピアノの深い低音の魅力に改めて気づかされる局面でもある

「あぁよかったねぇ…めでたしめでたし」と、満ち足りた気分になれるんです
だって、近頃は「めでたし」な話題を周囲であまり聞かないじゃないですか?

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