静かな風景 シューベルト

そういえば、初めて購入したSchubertのCDはこの曲集のものでした
(10年位前にMitsuko Uchida盤 Philips)
この頃は、大体オーケストラの有名曲は聴き尽くし
交響曲全集等も、Karajan指揮を始めとして、大方の作曲家を制覇していました
どんな曲だったかという記憶については、自信がありませんが(苦笑)

CD集めも何か別の展開へ、と考えると室内楽、器楽の方向へ進みます
「んでは、今まで近づきにくかった作曲家へ」ということになり
その先鋒がSchubertだったというわけです

何せプロコフィエフを始めとする近代大管弦楽に慣れた聴覚神経は
金属打楽器がない、ハープがないという浪漫派以前は全くの原野状態で
Mitsuko Uchidaの気難しそうな横顔のジャケットを見ながら
逆療法のつもりで、踏み込んだというのが実際の所でしたね

ところが、意外や意外、微妙な陰翳の変化
シンプルな構成にしては豊穣な響き、これは一体何なのか?
今もって全くわからないのですが、このわからなさ
まぁ、わからないのがSchubertという、のん気な気分で今に至っています



ZZT100102.jpg

Schubert (1797-1828)
Impromptus D899 & D935
Alexei Lubimov (pianoforte, Muller & Schantz)
Zig zag territoires ZZT 100102 (2009)

このCDに魅かれたのは、何にも増してジャケットでしょう
「この淡い光の奥にある家にSchubertが住んでるっぽい」
「これらの木々の中をSchubertが楽想を練りながら散策してるっぽい」
こんな小さなCDジャケットにすら、そんな世界を想像させる力があるんですね
(CDを買う醍醐味と言えると思います)
こんなきっかけを大事にしているので、発売日前に既に購入手続きを済ませていました

聴いて最初の印象は、小さな部分で緩急をマメにつけている気がしました
いずれも、私が個人的に好むフレーズの箇所でしたので
始めこそ何か作為的に気がして不安を感じましたが
2回目に聴いてみた時は、全体としては非常に一貫した音楽運びで
内心ホッと胸を撫で下ろしました
自分の注耳している箇所はやはり気になるもので
それが己のイメージと離れていた時には、とかく誤解が生じがちです

私は、自身にとっての「決定盤」が見つかるまでは
聴いて「うむむ…」でしたら結構すぐに中古屋さんに旅立たせてしまいます
浪漫派以前でしたら、モダンとピリオドの両方の盤の「私的決定盤」が欲しい
そんな感じでこの盤は、残って行きそうです

個人的には、D899-3の変ト長調とD935-2の変イ長調を溺愛しています
しかしSchubert、30才前後でこんな曲を書いてしまうのですから
やっぱ長生きは無理だったでしょうね
私もこの連休は、森や林や小川のある場所に出向きましたが
2010年の話ですから、そこから得られる感興も何もかも違うでしょうね
Schubertは、今に較べれば何もなかった200年前の「本当の」森や林の中を歩いて
特別な何かを感じ取って、書いたのかなぁ
私の好きな2曲には、何か自然の風景が目に見えるような気がします

まぁ私は休日にそのような森の中にいても、ソフトクリームや
焼そばや唐揚げを食べて喜んでいたわけですから
Schubertのような天才に恵まれなくて、ホッとしているのでした(苦笑)

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平凡な人間は、自然の中に埋没しますよね
世の中の殆どの人がそうなるでしょう

Schubertみたいな人は、そうならなかったみたいです
自然の側から「何かを感じとって来てよ」という形で
創造のために、浮世に出張して来たのかも知れません
で、役目に区切りをつけるとまた自然に帰るという…

私もジャケット中のような家に住みたい気分です

遠い昔に聴いた事がある曲・・・。
こんな落ち着く曲だったかしら?
と感じました。

自然の中に居ても創造の神経が働いていたら・・・
身体が持ちません(笑)
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