小太鼓!  プロコフィエフ

この楽器の存在なしで、Prokofievのファンになれたかどうか…

jarviproko33.jpg

Prokofiev (1891-1953)
"The Love For Three Oranges" Op. 33bis Symphonic Suite
Scottish National Orchestra
Neeme Jarvi
Chandos CHAN 8729 (1988)

さて、Prokofievの大管弦楽といえば、どんな楽器を想起するか…
今ならちょっと踏み込んで、ピアノや大太鼓と考えますが
初聴楽の頃に始まり、今も不変の存在は「小太鼓」です

私はClassicalの本格的聴楽以前から、なぜか行進曲が好きで
(力のこもった勇壮な音楽が好きだった(今もですが))
Prokofievは、もうそんな私にピッタリの作曲家なワケです
しかも、単にリズムを強調するのみならず
少しズラしたようなタイミングで雄弁に鳴り響く工夫にシビれていました

もう小太鼓がコケたらProkofievでは、ないでしょう

80年代の半ば以降にCD界を席捲したJarviのプロコシリーズですが
今も輝く「小太鼓ダイナスティ」として、ちょっと忘れることは不可能です

あくまで私的な印象ですが
Jarviは、小太鼓の響線が演出する音の空間に拘っていたと思います
それは、PoulencやRavelの音楽に必然である響きとは違うでしょう
響線の出す音の拡がりの中で、芯の強い打撃音を感じることが出来ます

これは、例えばOzawaの指揮したBerlinerの交響曲(DG)の小太鼓とも違います
Berlinerは、どちらかというと、響線の醸しだす音響は控えめで
低く懐の深い打撃音が特徴だと思うのですが
(まぁBerliner録音の小太鼓は、どれもこんな感じ、Wienerも近い部分がある)
これは、Prokofievの意図した所と違うような気がすると、勝手に感じています

Jarviの一連の録音における小太鼓は、打楽器でありながら
「歌う楽器」としての存在感もあるような、そんな気持ちがしているのですね
楽曲の「空気」を形成するような存在、とも言えるかも知れません

上記CDの、有名な《オレンジ》の行進曲等は、全くの独壇場であり
第1曲の「道化者たち」での機関銃のような開始にもグッと来てしまう
更に、《アレクサンドル・ネフスキー》の「氷上の戦闘」においては、もう何というのか
言葉では言い尽くすことの出来ない感興が私の脳内に起こるのです

Jarvi盤の「小太鼓の空気」に共通する何かを感じる録音は
Jarviの先にも後にも出ていませんね
(CDの解説では、Jarviの専攻は打楽器と合唱指揮だそうです)

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ありがとうございます
私もProkofievが一番書きたい作曲家です
比較的目立たない作品にも光を当てたいですね

派手に盛り上げたり(ピーターとおおかみの最後の方)
静かな力のこもり方を演出したり
(ロミジュリの「モンタギューとキャピュレット」の中間部)など
とにかく、いなくてはならない楽器ですね

No title

こんにちは。

ブログランキングで「プロコフィエフ」の文字を見つけたので、お邪魔させていただきました。

僕はプロコフィエフ大好き人間です。
今回の記事、そしてこれまで書かれたプロコフィエフの記事を読ませていただきました。
すごく面白かったです!

これからもたくさん書いてください。
楽しみにしています。

No title

…小気味いいリズムは小太鼓だったのか…なんて最初、思ったのを覚えています。
そして何故か『ダースべーだーのテーマ』を連想したのも思い出しました。
よく聴けば違うのにです! 色んなことを感じた曲の一つです。
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