ジャケットに遊ぶ 愉悦

さて、Classicalを聴楽することの愉しみはいろいろあるのですが
ジャケットを眺める快感というのは、勿論皆さんあると思います
CD時代に入って、当然ながらサイズは小さくなりましたから
「何とも妙な気分である」みたいな人は多いかも知れません

私は、世代的にLP時代の幕末から参入したところの者なんですが
装丁のサイズにあまり違和感は感じたことはないです
あの10数センチのケースの中にはまった「世界」…
次第に意識が高まって来ていまして、低くなることは考えにくい、かな

CDを購入するということは、演奏の時間を購入することでもありますが
ジャケットの中の「時間」を堪能するためでもあります
これがよく表現されている盤は、非常に印象に残りやすく
かつ購入まで辿りつく可能性が高まります
たとえばこれ…(実は購入していませんが、好例として挙げます)

bachcello.jpg

J.S. Bach (1685-1750)
Complete Cello Suites
Roel Dieltiens (cello)
Etcetra KTC 1403 (2009)

日頃聴覚をもって認識せざるを得ない「日常の音」
通勤、仕事、自由時間の全てに渡るいろんな「音」
まずそれらを見事に切り離している(と思える)
清澄な気分で聴楽の可能性を与えてくれる予感…
インドア趣味の極致に自分が「今ある」という快感を喚起します

余計なものを切り離すという点では
「景色のシンプルさ」というのも見逃せません
こういう光景は、とにかくも「自分の部屋にはあり得ない」です
聴楽中、どんなに気分は崇高かつ清浄であっても
実際に至近距離にあるのは、「ごみ箱」「目覚まし時計」「モジュラージャック」
「手動の小型シュレッダー」「エアコン」「未開封の年金定期便の封筒」
「明日の朝来て行くスーツ」「カレンダー」だったりします(苦笑)

上記連続提示の「日常物」、でもって先ほどの「日常音」からも逃れた
10数センチ四方の小さな「世界」…
そこに入って行くことは不可能ながら
でも、自分もその中に存在していたいという渇望がまた快感なんでしょう、たぶん…

この点では、ジャケット全体が「絵画」というのもアリですね
しょっちゅうHyperionで恐縮ですが…(ちなみにこの盤も所持していません)

cpebach.jpg

C.P.E.. Bach (1714-1788)
Keyboard Sonatas
Danny Driver (piano)
Hyperion CDA 67786 (2009)

写真と絵画の違いはあるというものの
やはり非日常への誘惑が充満していることに変わりはありません
オールカラーのこのレーベルのカタログを初めて視楽した時は
それこそ快感で気絶しそうになりましたから。ハハハ

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