76年前、初演時の気分  ヒンデミット

DGの録音は、こういう「王道」を離れた感じの盤に面白いのが結構ありますよね

hindemithabbado.png

Hindemith (1895-1963)
Symphonie "Mathis der Maler" (1934)
Berliner Philharmoniker
Claudio Abbado
Deutsche Grammophon 447 389-2 (1995)

印象としては、音楽史上の「鳴り響く音楽」って、今のところは
この人の作品群が最後の輝きみたいな感じを持っています
現在イメージする「大管弦楽」の形は
Respighi, Prokofiev らと共に一旦?幕を引くように聴こえる、かな

Beethoven 以降、管弦楽作品は、どちらかと言えば
比較的わかりやすい人間的な感情を表現して来たと思いますが
これが20世紀に入る前後から、より複雑になり
同じ人間の感情と言っても、どこか奥にある不可解な箇所というか
そちらに光を当て始めたような気がしています
(Stravinsky は途中からそんな感じでしょうか)

この曲の初演は、指揮Furtwanglerで、楽隊は勿論Berliner Philharmoniker
ということは、約60年後にDDDで録音されたのか…
これからは、曲に所縁のオーケストラでの録音にも少し注目しようと思います

90年代の、まだ落ち着きを保っていたDGのジャケットを眺めていると
心の中は76年前の初演の頃に戻ったような気になります
大編成、勢揃いしたBerliner Philharmonikerの楽員が
指揮者Furtwangelrの動きを注視しながら、最初の音を出す瞬間…
(蛇足ながら、私はFurtwanglerはまだ未聴です)

私は当時の聴衆がとても羨ましいと感じています。彼らにとっては
これから先の未来の音楽が、ワーッと壮大な音響を轟かせるものでない…
このようなことはあまり想像することが出来なかったと思います
そういった空気の中で、これから先はどのような音楽が生まれて来て
自分を満足させてくれるだろうか?。そう考えるだけで昂奮を覚える
なんてことがあったかも知れませんね

「いわゆるオーケストラ」らしい楽曲の歴史、なんて
本当にBeethoven以来、たかだか150年ちょいのもんですが、それなのに
この《画家マチス》のような作品が、新曲として聴ける可能性は、今は限りなく低いです

まぁ、この作品は元が歌劇ですから
その分、聴楽していても過度に冷静な雰囲気ではなく
出自の似た Prokofiev の交響曲第3番ハ短調Op. 44を思い出すことがあります
(Prokofiev の方は初演1929年)

この150年程度の短い年月の間に
音楽作品の構成は、ある程度は飽和状態になったとも言えるかな
Beethoven や Mozart のことを考えても100年と少ししか離れていない
Hindemithの作品は、先達の創造したような伸びやかな、激しい、ノンビリした
そして美しい旋律が多くはあるものの、それらはとても複雑なハーモニーや
不協和音の中を掻い潜るような役目も持たされているようです

込み入った和声や、不協和音のおせっかい、などの支援を受けつつ
豪快に盛り上がるこの《マチス》は、今聴くと、奇跡的な創作だったのかも知れません
正に第3楽章大詰めに出るファンファーレは20世紀的で
錯綜した中から決然と吹奏され、多くの迷いを抱えつつ
最後にはそれらを全部まとめて吹き飛ばすカッコ良さにシビれる自分がいます

今回のCDは、評価が高いかというと、そうですもないですよね(苦笑)
しかし、私にとっとは、このBerlinerの力の込め方はハンパじゃない気がします
楽員たちにとっては、いわば「御家芸」であるべき曲
どこか気負った感じもあるのでないかなぁ…、その辺が私には実にCharmingな訳です

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