たった一人の集中力  J. S. バッハ

大物がリリースすると、いつも気になる曲といえば、これでしょう

kremerbach.jpg

J. S. Bach (1685-1750)
The Sonatas and Partitas for Violin Solo BWV 1001 - 1006
Gidon Kremer (violin)
ECM 1926/27 (2001, 2002)

さて、もう十分に有名な盤です
(旧Philips盤(1980)の方を数年先に聴楽しました)
Kremerの音色についても、いろいろ語られていますが
彼の出す音が「神経質」とか「どぎつい」というのは、私には?です
その部分を殊更に強調して、なおかつ「凄い」。これが、何と言うのか
よく雑誌等で見かけるパターンの文章ですね

私の場合、録音に何を要求しているんでしょうか…
漠然とはしていますが「中庸のインテンポ」くらいが、まず頭の中にあり
ネット上でのレビューでも、点検箇所は大体決まっていて
平均的な速度から極端に速くもゆっくりしてもいない、これかなぁ

技術的にどうかというのも、意外にレビューだとわからないものです
一応、楽譜にある音符とその長短だけはしっかり再現していて欲しい、かな
特に意識していない点といえば、音の強弱くらいでしょうか
これだけは進行する時間中での完璧に近い再現は、職業音楽家でも困難でしょう

こう進めて行くと、もう候補の盤はほぼ皆無に近くなりますが
ここからが盤逍遥の愉しい所です。調べに調べて、でもって決める…
おぉ、外れた時の脱力感よ(苦笑)。当たった時の充実感、これなんですね
Kremer盤は、私の厳しい(大袈裟)盤選考基準の中を生き残り
尚且つCD棚上の存続期間も最長の部類に属する盤となりました

この盤の発売に際して、レコ藝誌のレビューを今でも何となく覚えていて
「何とかして欠点を探し出したいのに、どうも上手く行かない」という
商業的な都合を、盤が嘲笑っているような感覚にとらわれたものです
「もうそんな場合じゃないんじゃないかな?」と問われているような、ね

でもって、私はこの盤の凄さは何か、と尋ねられれば、全く返答できません(笑)
まぁ、普通に楽譜を再現する技術力と同時に存在する、テンポ維持の集中力
これらが存在することは確かだと感じていて、私にはそれで十分過ぎると思いました

この曲集の印象としては、不思議にも
「聴衆の目の前で演奏していない」という感覚があります
孤独に、しかし一心不乱に鳴らしている画が浮かび上がってくる

弦はたった4本で、しかも身体に密着させているというのがポイントかも
このことが、奏者自身の意識を楽器の隅々まで行き渡らせることを可能にして
聴衆側には勿論音は届いているけれども
同時に奏者自身の内側へも向かっているような気がします
聴いている側としては、「いい音楽だなぁ」という感覚と同時に
奏者に対して「音楽と一緒にいられて羨ましい限り」とも感じているのかも知れない

これが「ひとりでいい気分になりやがって」と思わせない奏者が大家なのかも(苦笑)

kremerBach.png

この曲が気になりだしたキッカケは実演でしたね
(堀米ゆず子 (violin), 23/03/2000 三鷹市藝術文化センター風のホール)
Prokofievの第2ソナタ目当てで行った演奏会でした
シャコンヌ(BWV1004)1曲だけでしたが
この曲への関心の全ては、ここから始まったわけです

舞台上でのインタビューの時間もありまして
堀米さんはにこやかに話をされていましたが
その時の雰囲気と、シャコンヌ演奏時の集中感の対照が強い印象を残しました

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