「もはやこれは声はでなく、天体の運行だ」   マーラー

遂に納得の行く聴楽をしました。マーラー交響曲全集中の大関門☆

SinopoliMahlerCollectors.jpg

マーラー Gustav Mahler (1860-1911)
交響曲第8番 変ホ長調 Symphony No. 8 in E flat major (1910)
シェリル・ステューダー (ソプラノ:贖罪の女)
Cheryl Studer (soprano l : Magna peccatrix)
アンジェラ・マリア・ブラーシ (ソプラノ:一人の贖罪する女)
Angela Maria Blasi (soprano ll : Una poenitentium)
スミ・ジョー (ソプラノ:栄光の聖母)
Sumi Jo (soprano lll : Mater gloriosa)
ヴァルトラウト・マイアー (コントラルト:サマリアの女)
Waltraud Meier (contralto l : Mulier Samaritana)
永井和子 (コントラルト:エジプトのマリア)
Kazuko Nagai (contralto ll : Maria Aegyptiaca)
キース・ルイス (テノール:マリアの博士)
Keith Lewis (tenor : Doctor Marianus)
トーマス・アレン (バリトン:法悦の神父)
Thomas Allen (baritone : Pater ecstaticus)
ハンス・ゾーティン (バス:瞑想の神父)
Hans Sotin (bass : Pater profundus)
フィルハーモニア・コーラス Philharmonia Chorus
サウスエンド少年合唱団 The Southend Boys' Choir
フィルハーモニア管弦楽団 Philharmonia Orchestra
ジュゼッペ・シノーポリ Giuseppe Sinopoli (1946-2001)
ドイツ・グラモフォン Deutsche Grammophon 471 451-2 (1990)

今回、何が嬉しいかといえば、「この曲がまともに聴楽できたこと」かな
声楽が全曲に渡って活躍する音楽です
私見では、歌詞の意図するところが何となく想像できるのと
そうでないのは、聴楽の感銘に小さくない差が生じると考えます

初聴楽は、先日惜しくも天に目されたアバドさん盤(DG)でしたが
第1楽章は「何か派手に音楽が鳴っているな」と思っているうちに
第2楽章の2分前後から、最後の10秒くらいまで爆睡した記憶が…えへへ
以降は聴楽の機会もなく、でもって今回が実質の「初」でした

この曲の歌詞は、第1楽章のラテン語はともかく
第2楽章での英訳歌詞を読んでも、単語本来の意味がわかるものの
宗教や文学作品のバックグラウンドがわからず
「詩」としてチンプンカンプンだったのですが
Wikipediaでは、特に第2楽章の題材になったゲーテの『ファウスト』
に関してチェック。更にタイミングの良いことに
《マーラー全歌詞対訳集》(国書刊行会)が発行され即時購入し
何度か読み返し、「では、聴楽してみよう」となりました

演奏時間は(25:10/58:05//83:15)
第1楽章は比較的たっぷりとしたテンポの開始
オルガンの低音は、特有の唸りを伴い、これを聴いて思い出したのは
マーラーが指揮者メンゲルベルクに宛てた書簡中の記述
「これは宇宙の鳴動で、運行する惑星の声なんだな」という趣旨の箇所
清楚ではない、無骨な巨体を揺さぶって登場するオルガンは、雰囲気十分☆

歌唱ですが、ラテン語自体のイントネーションがわかりませんので
(どこを歌っているのか、実際ほとんどわかりませんでした)
歌詞を追うのはやめ、訳詩を元に、想像を巡らせるだけでも十分に楽しいです
自由に流れて行く歌唱に対して、管弦楽は
厚塗りにならず、極めて効果的なサポートをしていると感じましたね

それにしても、第1ソプラノは高音の箇所が頻出し、大変だと思いますが
ここはステューダーが驚異的なコンディションを保ち続けて
私としても、もしかしたら声楽を堪能したのは初ではないかと
何かとても満足を感じた気分になれましたよ

楽章の最後の超大見得は、合唱技術の驚異というか
声でこのような怒涛のうねりを発現出来るのかと
わずか数秒の瞬間でしたが、最後に息詰まるような時間がありましたね

第2楽章は、歌詞の内容とバックグラウンドを把握したおかげで
(『ファウスト』の粗筋と最後の場面をチェックしたことも非常に大きい)
さしたる不安もなく、最後まで乗り切ることが出来まし
こんな長い楽章なのに、場面はひとつなんですね

主人公ファウストを最終的に救済するために多数登場する天使など
超自然的な存在たちの感情の発露がメインとなるのですが

神という存在に対する人間のシンプルな感情表現(第1楽章)
どのような形にしろ、人生の岐路を通り抜けて来た人間が
自分以外の他に対して、最後に優しい感情を抱き、息絶える
その結果、神に救い上げられて行く過程(第2楽章)

なんて粋がったことを書いてみましたが
ちょっとでも歌詞の意図するところを想像する手がかりがあると
本当にこの楽章は聴楽していて盛り上がるものを感じます
無調音楽の登場を寸前に控えた20世紀初頭
マーラーの構築したハーモニーは、やはり空前のものでしょう
この楽章は、先の楽章に比して轟然とした響きは控えめになり
極めて清澄な現代的音響が、古典のテキストを支えるもので
非常に広大な高峰の裾野をゆっくりと上昇して行く趣です

聴楽直後に、この興奮を電話で話していた時に
このような音楽を作曲したようなマーラーは
やはり早めに天に召されてしまうだろうな、と感じました
これも書簡の中にありましたが
「私の今までの交響曲は、この曲への序曲に過ぎなかった」
なんて書くくらいの気分は、本当にあるんだと思いましたよ

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