バカだけど微笑ましかったあの頃…

Classicalという音楽ジャンルが「いいかも」と思い始めたのは、確か14才の頃
1979年頃が「参入」だったのですが、以来34年の聴楽歴になります
「初期」を思い出すと、なかなかに香ばしいというか恥ずかしいというか…
とにかく非常に若い頃は、みんな「激しい管弦楽曲」が好きでしょ?

Classical音楽は、全てが「ウィリアム・テル」序曲の最後の方とか
「アルルの女」の「ファランドール」の気分で埋め尽くされないといかんのだ
そんな風に思っていたあの頃…


★「交響曲の第2楽章、いわゆる緩徐楽章は不要」
初めて認知、好む交響曲となったのはベートーヴェンの《運命》
私は頻繁に第2楽章を飛ばして聴楽していましたが、元来小心者なんで
「ちゃんと通して聴楽しなければ、ろくな大人にならない」
という心の中の声に、ハートを微かに傷つけながら
せっせと第1楽章の終了後すぐに、プレーヤの針を
第3楽章の冒頭に、手でつまんで移動させていたのでした

最初から、バッハのカンタータ一直線とか
フェルドマン命、みたいなやつはいないと思いますけど


★「金属打楽器が入っていなければ、管弦楽ではない」
やっぱプロコフィエフやラヴェルからこの世界に入ってしまった
このことが最大の原因でしょうか
19世紀の音楽が「演歌」に思えたこともありました


★「最初と最後が静かな曲は、論外」

これで思い出すのはドビュッシーの《牧神の午後への前奏曲》
ラヴェルより生年が少し先ですが、当時《ボレロ》の虜になっていた私としては
機知に富んだ華麗な音楽がいつ始まるかと待っていたら…
「終わってやんの…」
とにかく音楽に興奮を求めていた頃の痛いわたくし…


★「とにかく国内盤が偉い」

緊張と興奮の中、LPレコードを買って帰る
でもって目を皿のようにして、日本語で書かれた解説を熟読する
盤の中身以外の部分も含めての聴楽という考えが固定されましたね
「輸入盤の安さに惑わされてはならない」
「少し高価でも、地道な貯金が己を鍛えるから、我慢しろ」
「同胞の手により発売された商品を尊重しなければならない」等々
当時はおかしな「聴楽道」に自分を縛り付けていて
なおかつそんな状況に恍惚していたアホな中学生がいましたとさ…
現在、私のCD棚の中には国内盤は皆無ですけれども


当時、苦手としていた作曲家と言えば…バッハ、ハイドン、モーツァルト
シューベルト、メンデルスゾーン、シューマン、ショパン、ブラームス、ドヴォルザークと
なかなか強力なメンバーです
でもって好きな作曲家が…プロコフィエフ、ラヴェル、レスピーギ、ショスタコーヴィチ
ガーシュウィン、ハチャトゥリアン、彼らの音楽の中で、音の大きな部分ですな。エヘヘ
好きな作曲家でも、音の静かなところはNG!
今思えば、本当に「中二病」だった、それだけですな

こんなのを庶民の集う公立中学校で前面に打ち出していれば
当然友人など一人もいないはずですが
前述の小心のため、歌謡曲(振りも含む)をせっせと覚える等
「クラシック好き」の「ク」の字も悟られないよう用心しつつ
孤立回避を狙った世俗的な手続きは、やはり遂行していたのでした

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