この曲の聴楽機会は、今回でもまだ5回目くらいかな
最初に聴楽したのは、アバド指揮ウィーン(DG)でしたが
当時20代前半だった私は、あの特徴のあるジャケットを見て
「はたして自分にも聴楽が可能なのだろうか」なんてね
考えただけでも、変な緊張をしていたかも知れません (大袈裟)




マーラー Gustav Mahler (1860-1911)
交響曲第9番ニ長調 Symphonie No. 9 (1909)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 Berliner Philharmoniker
レナード・バーンスタイン Leonard Bernstein (1918-1990)
ドイツ・グラモフォン Deutsche Grammophon 435 378-2 (1979)
(中古:2013年5月、ディスクユニオン御茶ノ水にて購入)

巨大な第6番、更にデカい第8番、桃源郷な《大地の歌》
そのまた向こうにある曲ですからねぇ
恐る恐るアバド盤をPlayしてみたのですが
これが意外にスルスルと最後まで聴けてしまった
そう記憶しているんですよ

ただ、聴楽毎に両端楽章には圧倒されまして
挟まった第2、第3楽章がどんな音楽だったのか?
そう思うと全く記憶がないことに気づくのでした
今回は、そこもよく聴いてみようという気持ちです

おそらく、バーンスタインを語るには外せない盤でしょう
私の周囲には、特にClassical好きでもないけれども
この演奏は聴いたという人が何人かいて、気にはなってました
今年は私のマイ・バーンスタイン・ブームにもなりまして
初出から約20年を経過してようやくチャンスが巡って来ました

晩年の彼の録音にありがちな、極端な解釈はないようです
私的なツボは、第1楽章最初の轟音が静まり
モノトーンな低音主体の楽器の蠢きが
第1主題の再度の出現に繋がって行くところかな
この曲には、大きな盛り上がりの間に
時々寂寞とした大気の中を彷徨うような時間帯がありますが
弦の特殊な奏法(スル・ポンティチェロか?)を用いたりと
ハッとするような音が聴き取れます

第2、第3楽章も今回はちゃんと聴楽できましたよ
てか、この2つの楽章、かなり気合の入って演奏のようです
しかし、マーラーもこの辺まで来ると、音楽を明暗とかの
単純な図式で考えられなくなってきますね
調性も部分的にはぼやけたように作られているようで
何というのか、異様なトーンが全曲を一貫しています
聴楽中、いわゆる「快」な感じは最後までありませんでしたが
この先は一体どうなって行くのだろう?
一緒に聴き遂げたい、という不思議な積極性はありましたね
まぁ、そう頻繁には聴楽はできない曲ですよ

思わず「ハッ」としたのは、第4楽章の冒頭です
ここは、他の演奏だと、いきなり弦の分厚い波が押し寄せる印象ですが
バーンスタインは、ここをまず薄いベールを掛けるようにして始め
(抑えめにフワッと来たので、一瞬!?と思った後、ニヤリとしました)
次第に厚みを増加させ、一旦管楽器が呻く時間を通過させた後
2度目の弦の洪水で全開にしているような印象を持ちました

何て言うのかな、「それじゃあね」と
マーラーがこちらに軽く手を挙げて、軽く笑みを浮かべてから
再び向き直ってゆっくり歩き出し、彼方に消えて行く
そういった情景を想像せざるを得ませんでしたね…
《大地の歌》と比べても、人間の歌唱を介さずに
惜別の情景を大管弦楽のみに語らせるているという点で
この第9番は、やはり進化していると感じました

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