余韻の音楽   ドビュッシー

今回採り上げた前奏曲集第1巻ですが
とても100年以上前の響きとは思えません
(一世紀以上前の音楽と考えるとちょっと不思議な気さえする)


PolliniDebussyPrelude.jpg

ドビュッシー Claude Debussy (1862-1918)
前奏曲集第1巻 Preludes : 1er Livre (1910)
マウリツィオ・ポリーニ (ピアノ) Maurizio Pollini (1942-)
ドイツ・グラモフォン Deutsche Grammphon 445 187-2 (1998)
(未開封中古:2013年5月、ディスクユニオン新宿にて購入)

この投稿を書いている時にWikipediaで調べて
1910年の作と知り、改めて驚いたものです
「近代」等というと本当に最近にも思えるのですが
時間はどんどん先にしか進みませんね
私はドビュッシーの没後わずか47年目に生まれていますが!
(ラヴェルの28年後、R・シュトラウスの16年後、プロコフィエフの12年後!)
てことは、そう若くはないということですな。ワハハ

さて、今回の奏者は(あの)ポリーニ!
15年位前には本当によく聴楽した人ですが
後に続く数多くの才能に押されて、一時私のCD棚から消えていました
今回、DGのオリジナル初出蒐集「事業」においての復活です
今を時めくピアニストの良さは十分にわかっているつもりですが
じゃ、ポリーニ(やアルゲリッチ)を自分はかつてどう聴楽していたのだろう?
再度、耳をすませて楽しんでみよう、という感じなんです

元々音楽の推進力の強い人で、その点で好き嫌いが分かれると思いますが
この前奏曲集では、「どんどん先に行ってしまう」感じは、ありません
第1曲《デルファイの踊り子》の演奏時間は3分5秒
2分50秒台の演奏が多い中で、心持ちゆっくり目と言えます
ここで既に私のポリーニ観は少々変化させられました

ピアノ奏者のペダル操作については、今まで殆ど意識しませんでしたが
この演奏では、とにかく考えざるを得なかったですね
伸長させた音の上に、別の音を慎重に載せて行く
音の遷移が心地良いのです

楽譜を見ると、各曲のタイトルは楽譜の最後の所に
さりげなく記されているだけなのですが
そんなニュアンスを、曲の最後の音の伸ばし方にも感じます
特に第2曲《帆》は、思い切り長く伸ばしていて
ヘッドフォンでは、音が少しずつ減衰して行き
最後に無音に溶け込んで行く様がリアルに感じられて
私も静かにエキサイトしてしまいました

さりげない方面に、ポリーニの役者ぶりが堪能出来ましたが
本来の力強い表現においても
特に第7曲《西風の見たもの》は、強烈なものを感じます
奏者の表現力の幅広さが丸見えになる曲ですが
やはり彼の技量の奥深さは、ただ者ではありません

全体に、澄んだ感じが一貫しています
(ジャケット写真も、その内容を言い当てていると感じる)
でも、何と言っても、ポリーニのドビュッシーと言うよりは
ドビュッシーが彼にそう弾かせた、と思うような気になります
ここら辺、上手い言葉が見つからないんですけどね

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