「力がこもる」というフレーズがふさわしいと感じます

SinopoliMussorgsky.jpg

ムソルグスキー Modest Mussorgsky (1839-1881)
(編曲:ラヴェル Maurice Ravel 1875-1937)
組曲《展覧会の絵》 Pictures at an Exhibition
ニューヨーク・フィルハーモニツク New York Philharmonic
ジュゼッペ・シノーポリ Giuseppe Sinopoli (1946-2001)
ドイツ・グラモフォン Deutsche Grammophon 429 785-2 (1989)
(中古:2012年11月ディスクユニオン新宿にて購入)

有名曲中の有名曲でありながら、私の聴楽機会は少ないですね
確か、今まで聴いたのは4種類で、偶然にも全てDG盤であり
カラヤン(80's)、アバド(80's, 90's の2種類)、シノーポリの3人のみ

レーベルは同じでも、3人は全く個性的で
霞みのかかったような不思議なトランペットの導入が
非常に印象的で、さすがのカラヤン
とても鋭い響き(80's)で、意外にも「冷静なる一気呵成」(90's)のアバド
でもって、シノーポリはどうか?

印象としては、本当に管弦楽を自分流儀で操っているという感じです
しかしこれは「やりたい放題」とは、どこか一線を画している
自分が「これが見せ場だ」と思う直前の
「わざとらしい」「下品になる」ギリギリの所で抑制を効かせたような
そんなタメの作り様が原因だと思います

これは特にスローな箇所で大きな効果を発揮していて
「小人」のクライマックス寸前の重く暗い盛り上げ方
「キエフの大門」主題の思い切った素晴らしい引き伸ばし
(ベルの音も自由な幻想を掻き立てられるようでヨロしい)
これらの辺りでは、もうこれ以上が考えにくいような
熱い効果を感じられて、私は横になって聴楽していましたが
思わず上体を起こしてしまったくらいです

書いていて、久々に「大曲」という熟語を思い起こしました

前後しますが、プロムナードのトランペットは
今までの聴楽の中では、最も輝かしく鳴っているのかな
とにかく、それはもう天晴なものです
シノーポリは、自分で指揮をしていて
指揮台に立つ自身に向かって来る音を愉しんでいたような
まず自分で聴いて楽しい音楽造りとでも言うのでしょうか
この人の評価が結構割れているのは
その辺とも関係があるのかも知れません
私は、もちろん愉しいと感じる側です

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