リムスキー編を聴楽するのは本当に何年振りなのか?
当時の私はまだ中学生で、両親が健在で、団地に住んでいて
第一期長嶋ジャイアンツ時代で、しかも昭和だった(まだ50年代始め)


SinopoliMussorgsky.jpg

ムソルグスキー (Modest Mussorgsky 1839-1881)
(編曲 : リムスキー - コルサコフ Nikolai Rimsky-Korsakov 1844-1908)
交響詩《はげ山の一夜》 Night on Bald Mountain
ニューヨーク・フィルハーモニック New York Philharmonic
ジュゼッペ・シノーポリ Giuseppe Sinopoli (1946-2001)
ドイツ・グラモフォン Deutsche Grammophon 429 785-2 (1989)
(中古:2012年11月、ディスクユニオン新宿にて購入)

リムスキー編の《はげ山》って、最近は新録音が稀な気がします
(ボロディンの交響詩《中央アジアの平原にて》とかもちょっとアレかも)
アバドが70年代の終わりにRCAから原典版を出してから
少しずつ立場が地味になって来つつある感じもありますがね

アバド盤が新譜で出た当時は、あの《レコード藝術》誌上の記事も
原典版の編曲版に対する奇天烈さを強調するような内容でした
インターネットがない当時の情報は、雑誌から得るものが主流で
記事の執筆者がかなりの驚きを持って記していたのが印象的です

義務教育の音楽鑑賞では、今も登場してるんでしょうかねぇ
私は当時の授業で感想文を書かされて
「悪魔の登場するファンファーレがなぜ長調で書かれているのか?」
と、いかにも中学生な内容で書いていたことを記憶しています
夜中に「なまはげ」が山奥で集まって宴会しているような印象ですね

当時の副教材に「みんなのうた」という小冊子がありまして
なぜかこの曲も入っていて、例の冒頭トロンボーンの旋律に対して
文語調の歌詞がつけられていたと記憶しています
「気味悪き夜を歌うよ~」みたいな感じだったと思うのですが…
歌っている絵が想像しにくいですが、いやはや

今回の編曲版を聴楽すること自体、下手すると30年振りくらいなんですが
近年の原典版を聴楽し慣れた耳には、なかなかに新鮮です
リムスキーは場面転換と音の強弱の切り替えがウマい、てか洒落ている

ゴツい印象の原典は各シーンがやや長回しに聴こえますが
編曲版は短いカットの連続で、比較して特に印象に残るのは
後半の山場でファンファーレが出て間髪入れずに
曲冒頭のパッセージが出てくるところかな
いやぁ感心してしまいましたよ

終結部の静かな部分に来て初めて手綱を緩めるというか
シノーポリも、その前までやや性急に進めて来たのが
ここではもう管楽器にたっぷりと歌わせているようです
この歌わせ方、思わず「来た来たぁ~、さすがジュゼッペ☆」的な…
(しかし、非常に豪華な演奏陣ですねぇ)
こうすることで、この部分が
「とってつけたような感じ」を回避可能にしていると感じます
1989年の録音と書いてしまえば、かなり以前のものに思えますが
録音自体が少ないですし、何といってもデジタル時代の産物です
以前の古い録音に比して、実にクリアな音が踊っています


コメント 2

quietplace  2012, 11. 05 (Mon) 21:22

Re: タイトルなし

アバドの「はげ山」原典版の最初の録音は、意外にもRCAから出ましたね
現在RCA盤が存在しないかのような巷の流れは一体何なのでしょうか
契約に「空白の一日」みたいのがあって
意外と「つい録ってしまった」みたいな感じかも知れません
当時はDGといえばアバド、アバドといえばDGというくらいでしたので
レコ芸に出る新譜は常に特選という…、かなり懐かしいですね
FMで最初に聴楽したのもRCA盤でしたが
DGの方はもう整い方というか、完成度が高いと思いました

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ライムンド  2012, 11. 04 (Sun) 20:20

こんばんは、コメントははじめてさせていただきます。ムソルグスキーはオペラ「ボリス・ゴドノフ」が特に好きで、その作品も近年原典版が主流になっています。アバドのはげ山の一夜、70年代末で原典版で録音していたのは知りませんでした。ベルリンPO(DG)盤の時は好意的に話題になったような記憶があります。「はげ山の一夜」はCDを買うまでには至らなかった曲ですが、ムソルグスキー自体には惹かれます。

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