一年で最も寒い時期となっていますが
その空気の中にスッと入って来る音楽です


ProkofievOp132.jpg

Prokofiev (1891-1953)
Concertino in G minor Op. 132
(arranged by Vladimir Blok 1932-1996)
(cadenza by Alfred Schnittke 1934-1998, realized by Alexander Ivashkin)
Alexander Ivashkin (cello)
Russian State Symphony Orchestra
Valeri Polyansky
Chandos CHAN 9890 (1999)

プロコフィエフ作品番号中の大詰めも大詰め
遂に未完のこの作品も、いろいろな謎に包まれていますが
Booklet の解説を読むと、結構いろいろなことがわかります
カデンツァはあの Alfred Schnitke (アルフレッド・シュニトケ) です
これは、奏者のIvashkin (アレクサンダー・イワシュキン) が依頼したもの
しかし、Schnitke 興味を示したものの、病 (死の直前) でかなわず
Ivashkin が Schnitke の2つの断片から創作したとあります

なぜそのように、と思うのですが、解説 (Ivashkin 本人による) は更に
「こうすることで、Prokofiev と Schnittke 自身の生涯最後の日々
その私的な瞬間に繋がるものがあるのではないか」とあります

Ivashkin は Schnitke ととても親しく交流していましたから
演奏形態について、何か目を引く記述があった場合
解説を読むことで、予期しなかった事実がわかるというか
とても興味深いものを感じてしまいますね

曲は、それまでの作風とは、明らかに異なりますね
全体的に仄暗いトーンが流れていて、第7交響曲に通じるような
Prokofiev 的な力と明るさを感じる瞬間はありますが
最後が短調で終わることを始めてとして
珍しくも枯れた佇まいを耳に感じさせる音楽です

随所にいかにもな後期のプロコ節を散りばめながらも
(実際、第2楽章では本当にホッとする瞬間があります)
Ivashkin のチェロは何とも厳しい冬枯れの趣で
それはSchnnitke のカデンツァにおいて頂点を迎えます
この楽器の暖かみのある音とはまた違う世界
荒涼とした、しかし美しい何かが流れているようです

この盤の面白さとは、本来の輝かしい Prokofiev の作風に
何か異なる視点を入れた所にあるのでしょう
天真爛漫、天衣無縫の力と勢いの中においても
人間の一生で、当然現出する厳しいドラマもあったはずで
聴楽して、ただ満足だけでないその向こう側というか
考えてみれば、更なる聴楽の楽しみがある…
それに気づかせてくれるような気もします



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