靄のかかった心地良いうたた寝   ドビュッシー

この曲に登場する牧神のように気分よく昼寝したいもんですが
普段はなかなかそんな気分に入れないんですよね


KrivineDebussyNocturne.jpg

Debussy (1862-1918)
Prelude a l'apres-midi d'un faune
Orchestre Philharmonique du Luxembourg
Emmanuel Krivine
Timpani 1C1173 (2010)

学校授業の音楽鑑賞以外で考えた場合
私の聴楽生活はラヴェルから始まりましたが
必ずドビュッシーという固有名詞がラヴェル周辺にあり
自然と「どんな音楽を書いた人なのかな」
そんな興味が次第に膨らんで来た記憶ってありますね

当時(1980年頃)は聴楽可能な音源なんて極限られていましたし
ラヴェルを聴楽しまくっていたと言っても『ボレロ』のみでした
ドビュッシーもさぞや凄い音楽を聴かせてくれるであろう
そんな私の甘い期待は、まず粉々に破砕されましたとさ…

「聴楽」=「昂奮」という単純な図式だった幼少の頃…
(大体、皆さんそうでしょ?)
今回のタイトル曲『牧神の午後への前奏曲』を聴楽…
「いつになったらボレロ的興奮がやって来るのか?」
「少し音が大きくなって来たぞ、その調子だ!」
「まだ盛り上がらないのかな、もう少し待ってみるか☆」
「あれれ???、まぁ第2楽章?で盛り上がればいいかな…」
「えっ、第2楽章は存在しない???」

この時「旋律と拍子を追う以外の良さに目覚めた」なんてことはありません
そんなものに目覚める教養など、私には想像もつかなかった、かな
しばらく、ドビュッシーは私にとっては「いない作曲家」になりました
(すいません)

ただ、音楽に楽しませてもらうだけじゃない、というか
こっちから多少はいろんな想像を曲に施して行こうじゃないか
そんなきっかけにはなったと思うんですよ

響きの一つ一つは本当に繊細な弱々しいものです
ですが、それらの絡み合いが、本当に少しずつ
少しずつですが、何らかの脳内の興奮を促すというのかな
そうしているうちに、自然に、時間こそかかりましたが
「曲の最後が必ずしもフォルティシモでなくてよろしい」
そっちの方向にシフトして行った、そんな気はします

この曲のキモの一つは、やっぱテンポですかね
当Krivine (エマニュエル・クリヴィヌ 1947-)盤のトラックは9分12秒
これは比較的速い方だと思うのですが
全体の「フワッと」した感じは、あまり演奏時間に影響されない気もする

なぜ、音の集合体が、光の当たり具合や温度まで感じさせるのでしょうか
おまけに、この曲は「何かに触った感じ」までもたらすのが不思議かなぁ
柔らかい地面や、芝に手をついた感触というのかな
とうとう、音楽が精神の高揚とかとは別の方向に向き始めた
そんな転換期の瞬間にこの曲があった気もしますね
初演は1892年ということは、既に前々世紀。ドビュッシーは30才の若さ
これはやっぱり天才としか言いようがないのでは…

Krivine盤から出る音は、各楽器から奏でられる音に関しては
これ以上明晰なのを望めないくらいはっきり聴こえます
でも、これがドビュッシーの書法を通して
絶妙に薄ぼんやりに漂い始めるのでした

う~ん、いいなぁ…

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