21世紀の管弦楽作曲家は、20世紀の先達を超えられるでしょうか…

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Hindemith (1895-1963)
Symphonic Metamorphosis on Theme of Calr Maria von Weber (1943)
Sao Paulo Symphony Orchestra
John Neschling
BIS SACD 1730 (2008)

この曲を聴楽する上で、何が一番嬉しいことかって
それは1943年作曲の音楽であることです
いわゆる「現代音楽」的音響が次第に楽壇を覆って行く中で
こういう反逆児みたいな、しかし陽気な音楽が出てくること
それが何より喜ばしいことなのです

「ウェーバーの主題による交響的変容」か…
「変容」という言葉の響きから、何か晦渋な音楽かと身構えますが
いやいや、聴楽するこちらの表情が思わずほころんでしまいます

基礎にした題材がWeber (カール・マリア・フォン・ウェーバー 1786-1826)
こういう捻りがまたHindemith (ヒンデミット) らしいというか、イイ☆
日本では原曲の方はほぼ全く知られていないと思いますが
そんな音楽たちが20世紀の大管弦楽で蘇るのは、もう愉快の一言

演奏のサン・パウロ交響楽団は、以前にResphigiで初登場
その時も今回も滑稽演奏だったら嫌だなぁと心配しましたが
まぁ、連続してそれは杞憂になりまして一安心
私ははっきり言って、オーケストラの上手い下手はよくわかりません
楽譜通りの音を出していないとか、演奏中に止まるならまだしも
少なくとも間違えではない(と思われる)音を出されていたら
本当に技量的優劣なんてわかるんだろうか
なんて感じもしています

今回の盤は、去年投稿したAbbado指揮Berliner盤と収録曲も同じです
Berliner盤の方が、フレーズ間の「間」が引き締まって聴こえるというか
各パッセージの尻尾をギュッと締め付けるようなタイトさと言うのかな
そういうのは何となく感じはするんですけどね
Neschling盤は、その辺はもっと大らかに
しかも開放的に鳴らしている、ように聴こえます

Hindemithの音楽を聴楽する時は、ハーモニーの緊張感において
いつもProkofievのそれも想起しています
摩訶不思議な音響を思い切り堪能させながら
第1曲中間部での金管群の輝かしい咆哮
第2曲の打楽器による緩やかな東洋趣味と、トロンボーンのリサイタル
第3曲で、ほの暗い片隅で息をひそめるフルート
第4曲における、剽軽さと勇敢さの同居する晴れやかな行進曲
(私は第4曲のようなストレートな音楽にはジーンとしてしまいますね)
大規模なのに軽やかな大管弦楽の乱舞になるのが共通すると感じます

まだ70才にならない楽曲なのに、本当に天真爛漫に響く曲ですね
いわゆる「現代音楽」だって響きの冒険として非常に面白い曲もありますが
やはりこういう曲を聴楽してしまうと
忘れていた何なんでしょう、思わず歩調を取りたくなるんですね

とか何とか書きつつ、当時のHindemithの心境は複雑だったでしょうね
作曲態度についてナチスと衝突して追われ、逃れ着いたアメリカ
故国のことを彼はどう思っていたのか、誰にもわかりません
ただ、私には第4曲の行進曲には何かの気持ちが込められたと感じます

楽しく鳴り響く音楽って、もうまともには作曲されないんでしょうか?
ProkofievやHindemithが系譜の最後になるというのは勿体ないと思いますよ

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