若い頃って恥ずかしい   プロコフィエフ

「第1番」の気負いが全面に表れている、愛すべき曲です

demidenko145.png
Prokofiev (1891-1953)
Piano Concerto No. 1 in D flat major Op 10
Nikolai Demidenko (piano)
The London Philharmonic Orchestra
Alexander Lazarev
Hyperion CDA 67029 (1998)

プロコフィエフのピアノ協奏曲といえば、やっぱり第3番かな
近年第2番も人気を急追中にも感じます
この第2番人気は、実はとても歓迎すべきことだと思うんです
それは、所謂打楽器的奏法の印象の強いプロコのピアノ音楽
対して何故か目立たない叙情の「多層性」を感じさせてくれる
それが第2番なんだと私は思っているからです

で、今回はそのどちらでもない第1番の話になります
既に作曲家の個性はバキバキに前面に押し出されていますね
もちろん「当時の前衛的」と「叙情」の両面です

第2番以降、この両者は次第に洗練されて行くわけですが
第1番においては、その繋ぎ目にグラデーションは感じられず
直接に瞬間接着剤で貼りつけられているように思えます

冒頭のゴージャスな、ちょっと気恥ずかしい感じの主題
これこそ最初期のProkofievに他なりません
ピアノの独奏第1主題は、一聴では序奏とは全く無関係に聴こえます
「乗り込んで参りました。最初は伝統的にご挨拶させて頂きましょう」
「その後の独奏は好きにやらせて貰うんでどぞ宜しく」みたいな…
第2主題もこれまた第1主題と何の関連性もないようですが
何というのか、漲る元気さが共通していると考えることが出来るかも

途中、キーが短調に変わるのですが
前触れがないというか、それほどの洗練の時期ではありませんから
本当に極端で、15才の初聴楽の時ですら私は恥ずかしかった(苦笑)
「元気だけが取り柄なんすけど、時には落ち込むっす」みたいな
しかしそれも強引な展開から序奏の華々しさになだれ込みます

中間部の旋律は、私に後年のポール・モーリアを一瞬感じさせました
Stefano Bolaniという伊のジャズピアニストもアレンジしています(ECM)
若きProkofievの「俺の音楽を聴楽してください。暴れるだけじゃないぞ」
そんな気負いが恥ずかしくも美しい

卒業演奏会で賞品(グランドピアノ)のかかった場面で
Prokofievは自作で勝負したわけですが(実際優勝だった)
これはもう若いうちじゃないと発想もできないことでしょう
曲の内容、当時の状況、全てが懐かしく気恥ずかしい若い頃の記憶
まぁ、普通の技術では演奏は相当に困難と思われますが…

これだけの目の詰まった作品が第1番として出てくるんですねぇ
この形で最後の第5番だったら、Prokofievはそれほど有名には…
なれなかったと思います

Nikolai Demidenko (ニコライ・デミジェンコ 1955-)は
本来のデミジェンコ節をプロコにも存分に発揮しているようです
この第1番では、巧みに慌てず洗練された音響を発生させていますね
曲本来の持つ活力、元気を彼流に料理しています

Hyperionから出ているのも長い間気づかなかったんですが
ジャケットのデザインも、Hyperionの矜持を感じさせるものです
プロコフィエフの曲といえども、単に機械の軋みを感じさせる情景でなく
落ち着いた風景の中で創作されたのだと思わせてくれるのです

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