第2交響曲の記憶 Part 3   プロコフィエフ

ただでさえ暑い夏を更に熱くしてどうするのか…そんな音楽です
ProkoCompleteRozh.jpg
Prokofiev (1891-1953)
Symphony No. 2 in D minor Op. 40 (1924/25)
Moscow Radio Symphony Orchestra of the USSR
Gennady Rozhdestvensky
Melodiya MELCD1001797 (1962)

実に久々の(前回は2月でした)この第2番ネタです
やはり好きな曲ですから、第1楽章提示部でも
2回も投稿してしまいまして、今回は展開部です

提示部でさえ、思い切り力が籠り圧倒的だったのに
展開部では、更に爆発的な推力で迫る音楽です
聴楽していると、当時パリ楽壇内にいて
「う~んイマイチ」評判なProkofievの、何というかな
焦りみたいなものを強く感じるんですね
(「窮鼠猫を噛む」みたいな)
ウケていたフランス6人組的な傾向には迎合せず
あくまで自分流を貫き通す、正にKYと自負スレスレの産物

初演後80年以上過ぎた今の感覚はどうなんでしょうか
作品としては、低知名度ながら、Prokofievは何とか「のこった」
そんな感じでしょうかね

単に乱暴なだけの音楽か?
実はそんなことは微塵もないようで
主題の旋律線が音楽史上の通常感覚から逸脱しているだけで
もう明快といえば、これ以上の明快もないんじゃないでしょうか
第1主題の素材を強烈に絡み合わせて一暴れした後
私の一番好きなモメントは
Trumpetが第2主題を炸裂させる直前辺りからですが
実は私が聴楽しているのはTrumpetではなく
その下で大きなうねりの一部を形成している小太鼓

Rozhdestvensky (ゲンナジ・ロジェストヴェンスキ 1931-)の録音は
私が生まれる3年も前のもので非常に古く
いかにもその頃の録音の風味が伝わりますが
小太鼓の打撃音は、今でも一番気に入っています

Classicalの国内在野評論子が「爆演」という熟語を頻出させていた
そんな時期がありましたが、私としてはそういう演奏は
後にも先にもこれ一つだけですね
とにかく小太鼓の「爆音」にはシビれました

それまでの小太鼓というと
正確に(やや軽めに)リズムを刻む地味な楽器と言う印象でした
しかし、今回は「これは独奏なんじゃないの」と思うくらいのもので
他の楽器に圧倒されてはいるものの
敢然と小さな体一つで反撃しているという様相で
「打楽器も歌うのだ」という私の認識の出発点でもありますね

(ゆるゆると続く。たぶん)

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