心当たりがある…はず♪

Classicalの聴楽黎明期から、今に続く傾向の話です
近年は沈静化しつつあるものの、今も時折発生しています
それは「作品の盛り上がる部分のみ聴楽する」というもの

初めてその事態が発生したのはいつか…
小学校の鑑賞曲目だった「ウィリアム・テル」序曲でした
序曲自体の演奏時間は約12分
歌謡曲に頭を占領されていた当時の小学生には超長時間!

「最後の行進曲までの苦行に耐えられないっ!」
「全曲鑑賞してこそ初めて音楽鑑賞として認められる」
する必要もない葛藤を自分で設定して苦しむ、アホですね(苦笑)

LPの盤面は、CDと違い、激しい部分というのは溝の形から推測できます
よって、安物庶民ステレオのアームを持つ手は、自然とその辺りへ…
いきなりトランペットのファンファーレが始まります

LPplayer.jpg
「そんなに美味しいところだけ聴楽していいのか!」
「楽ばかりしてると将来ロクなことにならんぞ!」
とか「ささやかな日常における良心の呵責」を体験しておりました
まぁ「厭世的な短調より、輝かしい長調の方が元気があってよろしい!」
とかあやふやな言い訳も自分に聞かせていたものです

ムソルグスキーの《はげ山の一夜》なら、最後の静かな部分はカット
ベートーヴェンの《運命》なら第4楽章
レスピーギの《ローマの松》《祭》なら第1曲と第4曲
ホルストの《惑星》は「火星」「木星」
R・シュトラウスの《ツァラトゥストラかく語りき》なら冒頭の部分
《英雄の生涯》なら「英雄の戦場」
ラヴェルの《ボレロ》なら、ヴァイオリンの参加以後
《ダフニスとクロエ》なら「全員の踊り」
ショスタコーヴィチの第5番なら、第1楽章の小太鼓行進曲
等々…

当時小曲としても全体を聴楽していたものは少なくて
ハチャトゥリアンの「レズギンカ」ぐらいだったかな
(アーサー・フィードラー指揮ボストンポップスが愛聴盤でした)
「剣の舞」は、最後が尻すぼみみたいに当時は聴こえましたので
残り25秒くらいになったら針を上げていましたね(苦笑)

いやぁ当時は若かった。ハハハ
シューベルトとか絶対あり得なかった、そんな時代もありました

誰にでもある、と私個人は睨んでいるのですが…
吉田秀和氏にだって、こういう頃はあったと思うのですが
「そんなことは一度たりともなかった」なんて言わせたくない、かも♪

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