現代人の住む古い町   プロコフィエフ

レア曲満載の愉快な企画盤ですね

ProkofievPraga39.jpg

Prokofiev (1891-1953)
Symphony No. 1 in D major 'Classical Symphony' Op. 25
(Transcription for 2 Pianos by Rikuya Terashima)
Martin Hrsel, Irina Kondratenko (pianos)
Praga Digitals PRD/DSD 250 216 (2005)

Prokofiev を聴楽する上で、《古典交響曲》は不思議な存在です
頭の中では彼の代表曲であることはわかりきっていますが
そのスタイルの根幹部分の更に一部を精査したような響き
それが音楽史上の先達の残したものを濃厚に引き継いでいますね
新しい概念の形成者ではなく、正に温故知新

作曲語法の真骨頂が出ているにも関わらず
他の作品との雰囲気がかなり違うというのが面白い
しかし全曲のどこを切ってもプロコ節満載
これを認めざるを得ません
本投稿のタイトルのように呼ばれることもあるそうです

私はこの曲よりも先に交響組曲《ロミジュリ》の方から入りましたので
初の聴楽の時には大いに戸惑ったものです
(大人し過ぎるだろ~みたいな感じかな)
この時のLPは確かOrmandy指揮The Philadelphia
Saint Saens (サンサーンス) の3番の余白に入っておりました

以来、Prokofievの交響曲全集を購入しても
最初に聴楽してオシマイという、ちとツイてない存在が長かった
どちらかというと「ヌルい」企画の廉価盤の雄という印象か…(苦笑)
まぁ聴楽歴が長くなるにつれ、旋律拍子の追っかけから
「響き」そのものの愉悦に気づく頃から
不思議に面白みを感じられる曲に昇格して来ましたよ

そういう時期に聴楽した演奏で印象に残るものを挙げると
Gergiev指揮Wienerのザルツブルク音楽祭のライブ演奏(NHK)と
この寺島陸也 (1964-) 氏の2台ピアノ用編曲 (1998) でしょうか

私の場合だと、「好きな作曲家の?な曲」は
楽譜を見ながら聴楽するといろいろなことに気づくことが多いです
聴いている側は、曲が愉しくなければ、欠伸しても寝ていてもいい
しかし演奏する側は、たとえ嫌いな曲だろうが何だろうが
とにかく自分の音を鳴らさなければならない(生活かかってる)
上手く説明できないのですが、楽譜を見ると
そういう演奏者たちの超絶的な緊張感が伝わって来て
そこに何らかの「興味」が発生するように思う。実に不思議だ…

今回の寺島氏の編曲は、ちょっとした装飾音的遊びまぶしつつ
細かいパッセージを忠実に写し取っていて
2台のピアノで拍子を合わせるのはかなり高難度に思えます
Haydn (ハイドン 1732-1809)のスタイルでというポイントは
ペダルの用法か楽譜の指示なのか
比較的残響を抑えたような録音により楽しめます

今回聴楽のCDは、比較的レアな室内楽曲
《4本のバスーンのためのユーモラスなスケルツォ》 Op. 12bis (1915)
《ヘブライの主題による序曲》 Op. 34 (1919)
《五重奏曲》 Op. 39 (1924)
に加えて編曲ものに古典交響曲と《ロミジュリ》も加えるなど
かなり凝ったアルバムです (よくぞ企画発売してくれました)

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