20世紀交響詩の至宝   レスピーギ

初聴楽のインパクトから30年後、やはり楽しい…

BISrespighi.jpg

Respighi (1879-1936)
Fountains of Rome (1916)
Pines of Rome (1924)
Roman Festivals (1928)
Sao Paulo Symphony Orchestra
John Neshling
BIS SACD-1720 (2008)

Classicalの聴楽草創期に、最大の衝撃を受けた曲の一つですね
タイトルに「松」なんて言葉を引っ張って来たのも凄いかも

私の初聴楽は、Ozawa指揮Boston Symphony盤でした(DG)
当時のOzawa盤の評は「几帳面で丁寧な音楽運び」で
評論家の受けはあまり良くなかったと思います
「明るいアメリカの松だ」(レコ芸)、なんて記述も覚えています

私はそれがこれ以上ないほどに気に入ってしまい
以降に聴楽するどの盤の演奏も気に入りませんでした
Ozawa盤で明瞭に聴こえていたパッセージが
他の殆どの演奏ではぼやけていたのが不満だったんでしょう

今でこそ、録音には盤毎の個性があると理解していますから
僅かな数の盤を聴楽して満足していますが
やはりOzawa盤の偉大さは、聴楽の度に思い起こします

三部作の各曲各小曲毎の演奏時間は、私の大いに気になるところです
私の好む盤Ozawa, Neshling盤に共通するのは
「松」の「ボルゲーゼ荘園の松」と「アッピア街道の松」
「祭」の「主顕祭」のタイミングがほぼ同じに近いということかな

今回のNeshling (ネシュリング) 盤は
テンポと録音が多少Ozawa盤に比してアバウトに聴こえますが
Ozawa盤の「几帳面さ」が行き過ぎの箇所を救っているように思えます

加えて、グッと来た箇所は言いますと
「ジャニコロの松」導入のピアノでしょうか、くっきり明瞭に聴こえる
夜に映える松の幽玄な雰囲気を出すと考えれば
Ozawa盤の控えめな入り方は一つの手でありますけどね

「アッピア街道の松」の前のめりのテンポと
打楽器のリズムも、強拍と弱拍がはっきりわかって楽しい
あそこまで明瞭にリズムを刻むと
上に乗る弦と管は、意外に思い切って前のめりになれるのかな
なんて思いもしましたね。それにしても凄い迫力でした

Ozawa盤は逆に、寸分の隙もなく合わされた弦と管が
思い切り豪壮かつ華麗な音響を展開して行きますので
打楽器は逆に気が楽だったのかな、とか妄想しています
今までOzawa盤のみで持っていたような曲でしたが、Neshling盤の登場で
ようやく新しい時代を迎えたようで、とても嬉しい気分ですね

個人的にローマ三部作の白眉の一つは
「祭」の「チルチェンセス」の後半、ローマの競技場にで
殉教者の讃美歌に対しての観衆騒ぎやライオンの咆哮が入る所でして
金管の暴力的なパッセージの乱入から、ティンパニの連打辺りかな…
Respighi自身、「この曲で音の表現方法はある意味やり尽くした」
なんて発言をしていますが、もう本当にその通りだな、と思うのです

そうそう、「ボルゲーゼ荘園」の後半、松の周りで遊ぶ子供たちの情景が
何やら中国の雑技団の演技で奏でられる音楽に似てるのもいいかも

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