これぞ《さすらい》 シューベルト

名前を知ってから、次第に気になって来て
実際に聴くまでに時間がかかる曲もありますね

N1699g.jpg

Schubert (1797-1828)
Fantasie C-Dur fur Klavier D 760 ("Wanderer-Fantasie")
Andras Schiff (klavier)
ECM New Series 1699 (1998)

「交響曲第3番」とか、「交響組曲」とか
まことに厳めしい題名が降り注ぐ感じのClassical界なんですが
中学生当時の私には「さすらい人幻想曲」という表題が印象に残りました

「幻想曲」はいいとして「さすらい人」だって?
「交響曲」よりも親近感あるな、でもちょっと気恥ずかしい印象もあります
「さすらい」も別に日常語ではないと思いますし、文学用語かな
とにかく、にきび面の中学生が口に出すのは憚られる(?)
もっとも長期間に渡り、私は「さすらいじん」と読んでいましたが(苦笑)

20代くらいまでは、簡素なSchubertの作風には関心が行かず
即興曲を初めて聴いたMitsuko Uchidaは当曲を録音せず
まともに聴いたのはこのCDが最初です
それ以前にKissin, Pollini, Richter盤を聴いたと思いますが
どういうワケかあまり記憶にありません
単に期が熟していなかっただけのことでしょう

Schiff盤の特徴は、演奏時間(23:28)でしょうか
最初に聴いた3人は、もっと速かったと思いますね
曲冒頭のリズム動機がとてもセッカチに始まった印象があります

Schiffはゆったりと鳴らし始めます
ここでもう私としては「何が違うもの」を感じましたね
このテンポの設定が、第2楽章に当たる部分の優美な旋律を
もしかしたら非常に引き立たせる伏線になっているかも知れません

Schubertの簡素さに「ふくよかさ」を持ち込んでいるようで
これがイマイチと思う人もいるかも知れませんね
しかし、ここまで自信を持った弾き方というのがあるんだなぁと
この演奏を聴いて思わずにはいられませんでした

しかしこの曲、当時としては画期的だったんじゃないでしょうか
Beethovenとはちょっと異なるパワーが漲っているというか
深刻な表情と言うよりどこか「あっけらかんとした」パワー、かな
当時は音楽で自己を表現する感覚が芽を吹き始めた頃だと思います
(こういうのはBeethovenが本格的に始めたのかな)
「音楽って、一体これからどうなるの?」なんてね
それでもとにかくいっちょ鳴らしてみるべ?
そんな感じの潔さが好きなんです

初めて購入したECMのCDだと思うのです
アーティストの写真でない渋い方面なんですが
「そういうのもいいんじゃないかな」の始まりだったと思います

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シューベルトの曲って
曲の雰囲気が変わる箇所でも、あまりこちらが気負う必要がないですね
「来るぞ来るぞ大音響が!」という気はしません(笑)

時間は少しずつ前に過ぎているだけで、人間から見える変化なんて
自然全体から見たら実は大したことないのかも知れません
大袈裟とは異なるスケールの大きさは感じます

さらりと流れていく時間と空間。
人はただ其処に存在する・・・

そう感じたものです。
全ての生と共存する術が詰まってますね。
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