「あくまで端正」VS「野獣」  プロコフィエフ

こういうピアニストが日本であまり認知されていないのは惜しいですね

prokoelbacha.jpg

Prokofiev (1891-1953)
Piano Concerto nr. 2 in G minor op. 16 (1913, rev. 1923)
Abdel Rahman El Bacha (piano)
The Monnaie Symphony Orchestra
Kazushi Ono
Fuga Libera FUG505 (2004)

Prokofievのピアノ協奏曲は
なかなか「これは!」と思う録音がなかったのですが
「おっ!?」と思うのが一応は出てきまして、これなんです

El Bacha (エル=バシャ 1958-)の聴楽はこの時が初めて
何となく「またプロコのコンチェルトが出たか」という程度の認識で
聞いたこともない(当時)レーベルの、知らない奏者という調子で
独り善がりな演奏だったらどうしよう、と思いつつの購入でした

CD1の最初の曲が第2番なので、意外な収録順と思いましたが
今思えば、これは意図があったのだと思いますね

この演奏に思ったのは、初めてプロコ録音に感じた言葉で
「端正」というものです
「勢い」「爆演」…私はもうこういうのは結構です
印象の域を出ませんが、これまでのプロコ録音というのは
何となく「荒っぽい(Melodiyaの録音のせいかも…)」感じがしていまして
今回のこれは、それを覆すものとして、結構な衝撃でしたね

もうね、楽譜にある指示を守っていれば
本当に驚異的な音が普通に出るんじゃないでしょうか
プロコ音楽は特にそういう性格が強い気がします

第1楽章の第1主題の出からしばらくは、何とも悠然とした雰囲気ですが
もしかしたら、管弦楽との間合いの調整をしているようにも感じます
でもって、第2主題以降、あくまでも「端正」にズバズバと進みます
(管弦楽とも呼吸が合っているのを強く感じます)
とにかく逡巡とか躊躇とかと無縁の進み方で
カデンツァなんかは、純粋にピアノの音響として「初めてわかった」です

Toradzeなんかの「作曲の背景」を重視した演奏も面白いのですが
こっちはまたその対極にあるようで、思わず唸ってしまうのです
これまた暗めの作品で「胸のすく」ような演奏をしてくれました

しかしこの第2番、プロコがロシアに留守の間に
第1次大戦の戦災で消失→10年後に復活というドラマがありますが
一度消えたものを蘇らせるとは、余程の愛着があったのでしょうね

彼がヨーロッパに出て来て、Diaghilevの前で試しに鳴らしたのは
「初版」の方ですが、居合わせたDiaghilevの取り巻きの一人が
「しかしこれは野獣だ!」と言ったのが何と言っても印象的で
もしかしたら、「ゼロ号」は復活版とかなり違うのでは、とも推理可能です
不思議にも当時、両方の版を聴楽して比較した人の発言が見つかりません
あれば是非読みたいのですけども…

あと、こういう人は「いるいる!」と思うのですが
初聴楽の時に、第4楽章の終わり近くで、突如大音響になりますが
私なんかは思わず飛び上がった方です。アハハ
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