この愛しい大地は永遠に…☆  マーラー

この曲は交響曲か否かという話題がありますが
頭に「交響曲」と書くと座りがいいように感じるので、そうします

Fischer-DieskauMahler.jpg

マーラー Gustav Mahler (1860-1911)
交響曲 《大地の歌》 Das Lied von der Erde (1908)
イヴィ・ヤニッケ (アルト) Yvi Jänicke (alt)
クリスティアン・エルスナー (テノール) Christian Elsner (tenor)
シュツットガルト放送交響楽団 Radio-Sinfonieorchester Stuttgart
ディートリヒ・フィッシャー - ディースカウ (指揮) Dietrich Fischer=Dieskau (conductor)
オルフェオ Orfeo (D'or) C 494 001 B (1996)

オルフェオの赤いジャケットからすると「歴史的録音かな?」と一瞬思いますが
ジャケットをよく見ると「Live Recording 1996」とあります
私的には1996年ってついこの間という感覚があるのと
最近意外にアルトと大管弦楽の録音が少ない気がしますので
どこか不思議な気持ちになりつつ聴楽してみました

DFDの歌手としての活躍は、聴楽機会が今のところなく、何もわからないですし
指揮活動をしていたことは知っていますが、どうこう私が言えるものはないです
しかし、全編何か御伽噺的な暖かい感覚が行き渡っていると思います

「現世を憂える酒宴の歌」 (8:31)
「秋の孤独な男」 (9:53)
「青春について」 (3:15)
「美について」 (7:24)
「春に酔う者」 (4:41)
「告別」 (30:00)

訳を読むと、詩で好きなのは「青春について」ですね
緑と白の陶器でできた家が池に逆さに映っていて
その中で飲みかつ喋っている人たちも逆さに映っている
この辺りの小さな精妙な世界にグッと来てしまう☆

指揮者が歌手だからという理由があるかわかりませんが
歌っている二人の歌手の歌唱が、共に非常に自然に流れて行く気がする
歌詞の中に登場するのは普通の人間だったりしますが
その世界は超現実的で、聴楽しながらいろんなことを考えてしまいます

いろいろな世界を切り取った5つの楽章が静かに溶け込んで行くような
彼方の世界が第6楽章「告別」になるのかな
歌詞は、最も劇的で起伏のあるもので
この詩(翻訳)を読んでいると、世の雑音や不快な事柄が少しずつ蒸発して
大地が全てを包摂してくれるのだから
自分はそれにもたれて行けば良いと
不思議に勇気づけられる気がしてならないですね

寂しいような、落ち着くような微妙な境目をゆらゆらしつつ
煌くチェレスタに彩られながら
「愛しい大地は永遠に…永遠に…」と歌いつつ消えて行きます

全ての音が消え、少し間をおいて拍手が始まるのがいいですね
そういえばこの曲で拍手入りの録音を聴楽するのは初めてかな☆

まさに大演奏☆  マーラー

音楽が「大きい」としか言えない☆

BernsteinMahler2.jpg

マーラー Gustav Mahler (1860-1911)
交響曲第2番 ハ短調 《復活》 Symphony No.2 in C minor “Resurrection”
ニューヨーク・フィルハーモニック New York Philharmonic
レナード・バーンスタイン (指揮)  Leonard Bernstein (1918-1990)

って、何が大きいんでしょうか?
勿論、音楽が大きいと感じたのですが
音楽が「大きい」って何なのでしょうか?

音が大きいって、「当たり」です
この演奏はとにかく音の大きい箇所が印象に残り易い
終楽章よりも、第1楽章の展開部終わりの大太鼓と言ったらもう…☆
この大太鼓の打撃1発だけでも聴楽の価値があると思います

バーンスタインを聴いて来た人からみれば
「また復活聴いて興奮してるやつがいるな」という感じだと思いますが
まぁもう少し書かせてもらいましょう☆

スケールが大きいって、「当たり」かな
ここぞという箇所での旋律の歌わせ方に見られます
まぁこれら「大きい」に関する要素が全て組み合わさって
この録音の凄まじさが構成されているとしか言いようがない

クライマックスの鳴らし方が上手いですね
第5楽章は、合唱が始まると「じきに終わる」という印象がありますが
この演奏は、合唱開始後のテンションが、その前までだって
とんでもなかったのに、もうとにかく凄い

リッピングデータとしては、第5楽章が38分41秒と
シノーポリさんの37分33秒を超えている!
この演奏の桁外れのスケールは
第5楽章の演奏時間からも来ていると思われます

指揮者の思い描いた通りについてくるオーケストラも偉い
NYPにして成し遂げられたものであると言えるでしょうね

聴楽当日の私としましては、第1楽章展開部で打ちのめされ
第5楽章の開始に驚き、合唱開始後に更に驚きまくる
「まくりまくり」の展開に、聴楽後に、しばらく何もする気がおきませんでしたねぇ

すごいよ~☆

瑞穂の国、バブル期の豪華企画☆   マーラー

月3回目の登板は今年初めてですね
所持CDのリッピングも取り敢えず終了してますから。ネタはあるんでがす☆


GiuseppeSinopoliDG4353822.jpg

マーラー Gustav Mahler (1860-1911)
カンタータ 《嘆きの歌》 Das Kalgende Lied

シェリル・ステューダー (ソプラノ) Cheryl Studer (soprano)
ワルトラウト・マイアー (メゾソプラノ) Waltraud Meier (mezzo-soprano)
ライナー・ゴールドベルク (テノール) Reiner Goldberg (tenor)
トーマス・アレン (バリトン) Thomas Allen (baritone)
晋友会合唱団 Shin-Yuh Kai Chorus (関谷晋 Shin Sekiya 合唱指揮)
フィルハーモニア管弦楽団 Philharmonia Orchestra
ジュゼッペ・シノーポリ (指揮) Giuseppe Sinopoli (conductor)
ドイツ・グラモフォン Deutsche Grammophon 435 382-2 (1990)

久々に、人生初聴楽の曲でも行ってみよ~☆
この曲はマーラーの20才頃の作。初演までに紆余曲折があり〼

若き作曲者の「ベートーヴェン賞」応募作。審査員にブラームスがいた
1880年の話、日本は明治12年、西南戦争の後で中央政府は疲れ切っていた頃
結果→受賞せず。マーラー指揮者として生活して行くという流れ

3部構成。「森の童話」(27:38)「吟遊詩人」(17:43)「婚礼の曲」(19:32)
(時間はSinopoli盤に記載のもの)
初演は1901年。マーラーは第1部を削除して出版。第2、3部も初出版時は縮小
3部完全に初稿版を揃えての初演は何と1997年!
1990年録音の今回聴楽のSinopoli盤は何なのか?まぁ細かくは考えますまい☆

「ち、外れかよ~。とにかくは食って行かなければならんな!」てな感じか?
もし受賞していたら、まぁそれを考えるのも無粋ですね
筋書きは、ネットで拾ってくださいにしようかと思いましたが、一応私の超訳をば

〇それを先に見つけ出した者が王女を娶ることができる
ある兄弟がその花を探してやって来る
心の優しい弟が先に見つけ、安心して寝入る
妬んだ兄は、弟を発見、殺害する (森の童話)

〇吟遊詩人がある木のたもとで「骨」を見つける
それを楽器にして吹くと、音ではなく話し声が聞こえる
「私は兄に殺されたのです、あぁ悲しい」
吟遊詩人はそれを持って旅を続ける (吟遊詩人)

〇吟遊詩人は、王(兄)の婚礼の宴の中にやって来る
一つ芸をと笛を吹いたら、弟の声が聞こえて来る
全てのものが恐れおののき、暗澹とした状況となる (婚礼の曲)

基本、暗いっす
暗澹とした筋ではあるものの、粗筋を読んだだけでも、何となくの理解は可能でしょう
私は一応納得したいので「マーラー全歌詞対訳集」(国書刊行会)を眺めつつの聴楽です

最後の無常に繋がるべく、悲劇的な響きを強烈に放つ約65分
とにかくスケールがでかいし、強烈な音の塊をぶつけて来る感覚は
おそらくは第1よりも第2交響曲がフラッシュバックして来るでしょう
幾分荒っぽいとはいえ、20才の人間にこんなものが書けるのだろうか?
当時の20才は、今の日本の同年齢と比較するのは条件的に不可能でしょう
余計な情報に振り回されず、読書の時間も長かっただろうなぁ
(手紙とか書いても、返事は何日も後だっただろうし)
そうしていないと時間がもたなかったのかも知れない

面白いことに、歌手には特定の役割というものがありません
情景を歌ったり、台詞を歌ったり、一貫性も特にありません
仮に舞台を設定するとして、実体が必要なのは3人ですね
「兄(後の王を兼ねる。吟遊詩人の鳴らす笛が弟殺害の状況を奏でる)」
「弟(兄に殺される)」「吟遊詩人(狂言回し)」
遠回しにネタバレかも知れませんが、歌詞中で最も存在感の大きいのは
おそらく死んでいる時間の方が長い弟ですね。
吟遊詩人は、出ている時間が一番長そうなのに、存在感は滅茶薄い

長い間、これらの「統一感」に関して叩かれていた作品でしょうけど
異様なテンションの持続でもって、とにかく「惹き込まれた」音楽ですね
シノーポリの唸り声もゲルギエフに匹敵するくらいたっぷり収録!
感激屋の私なんぞはもう「おぉ~、おおお~☆」の連続でして、エヘヘ
歌詞を眺めつつ、勝手な想像を頭の中で膨らませれば
時間の長さははあまり感じないと思います

フィルハーモニアのマーラーチクルス来日公演の録音か
東京芸術劇場(こけら落とし公演)でのライブ。1990年、バブル最後の輝きでしょうか?
今こんなことできないですよねぇ。最近全く足が遠のいておりますが
あの長いエスカレーターは今もあるんでしょうか
今のコスト云々の時代なら、真っ先に取り外すんでしょうけど
バブルの亡霊が意地でも維持しそうな予感もする☆

途中CD入れ替えなしの全曲聴楽   マーラー

2010年以降は、なぜかこの時期にこの曲の聴楽機会があります☆

GergievMahlerLSO0730.jpg

マーラー Gustav Mahler (1860-1911)
交響曲第3番ニ短調 Symphony No.3 in D minor
ロンドン交響楽団 London Symphony Orchestra
ワレリー・ゲルギエフ Valery Gergiev (1953-)
LSO Live LSO0730 (2007)

夏が近づいて来ましたので、この曲の登場です
この曲の初演は1902年6月12日ですが
完成は1896年8月6日と驚くべきことにまだ19世紀
このように大規模な音楽が今から121年も前の完成とは!

私の場合は今回が「リッピング初演」です
まぁCDを途中で入れ替えなくてもよい初の聴楽です
この「盤の出し入れがない」というのが、何とも気楽なんです
特に私はベッドに横になって聴いていることが殆どで
盤入れ替えの途中でテンションが落ちることもありません

記憶にあるだけでも、この曲の聴楽は通算僅かに6回目
アバド・ウィーンフィル (DG)
アバド・ベルリンフィル (DG)
ブーレーズ・ウィーンフィル (DG)
ジンマン・チューリヒ・トーンハレ (RCA)
シノーポリ・フィルハーモニア (DG)
ゲルギエフ・LSO (LSO Live)

この曲が「まぁまぁわかって来始めた」のはブーレーズくらいからかな

うち3名が既に故人となっております
ジンマンも1936年生だから既にアラハチ (そんなんあるのか?)
実はこの後に、昨年8月に購入してまだ全く聴楽していない
ジョナサン・ノットの全集 (Tudor) がありますので
(レーベルがレーベルですから入手可能なうちにゲットしておく)
比較的若い人たちの演奏もどんどん聴楽したいなり☆

ゲルギエフ盤の演奏時間は以下の通り。拍手は収録されていません
(32:22/9:51/17:21/8:35/3:51/20:22//92:12)
この時間は結構速い方じゃないかなぁ
盤入れ替えの時間もなかったので、余計に速く感じたかも☆

曲開始してすぐ、大太鼓のソロが実に雰囲気があってよろしい!
再現部手前の小太鼓のソロも決まっていたなぁ☆
(ここは、やはり重々しく「軍楽小太鼓」的な響きが大事だと思うぞ。うむ☆)
更にその手前のいわゆる「高校野球の応援」状態の大音響なんですが
楽譜を見ないとわかりませんが、「鮮明には聞こえないようにしている」のかな?
これまで聴楽のどの盤も、大規模な弦楽のうねりに見え隠れするように聞こえます

全体的になかなかに気合の込められた演奏でありましたね
第3楽章で、特に書かれてはいなかったので、おそらくはトランペットと思いますが
(トランペットは壇上にはいなかったのかな?)
これが静かにたなびく夢のような時間帯で
これに周囲の楽器が合わせるのを苦労しているような所がありました
しかし、そこはプロ中のプロであるLSO、実に絶妙に合わせて行きます
もう人力で演奏を編集してるような感じかな☆

第1楽章から第6楽章まで、1本の糸が時に大きく時に微かに振れながら
曲の結尾にたどり着くさまを耳の(目の)当たりにできて嬉しいなっと☆

超充実の「下書き」?   マーラー

もしマーラーが超有名な作曲家と知らないで、この曲を聴楽したとしても
「若いころに書かれた曲なのかな」と思うような風通しの良さを感じるかも知れないな☆


Mahler1893Vriend.jpg

マーラー Gustav Mahler (1860-1911)
二部からなる交響詩 《巨人》 Symphonic Poem in Two Parts "Titan"
(1893年ハンブルク稿 Hamburg 1893 version)
ネザーランド交響楽団 The Netherlands Symphony Orchestra
ヤン・ウィレム・ド・フリエンド Jan Willem de Vriend (1962-)
チャレンジ・クラシクス Challenge Classics CC72355 (2009, SACD)

現行の交響曲第1番ニ長調の前身にあたる音楽で
もちろん私は初聴楽でした。そもそも、この曲の原型は
1888年に短期間で作曲されたそうで
現存していない1889年初演のブダペスト稿に続くもの
現行の第1番は1896年3月の初演で
意外にも第2番《復活》初演 (1895年12月) の後になりますが
こういうのって、本で読まなければ全くわからないことで
興味深く、不思議な感じもしますね

まぁ、最も驚くべきは、この曲がマーラー20代の作品だということ
最初の作曲の時で何と僅か28才!
(自分が28才の時なんて、何かあったかな?)
現代よりも平均寿命が短く、早く社会に出るような時代とはいえ
とにかく凄いとしか言いようがない

曲は大きく2部に分けられていて
それぞれ、らしい標題がつけられていますが
第2楽章として《花の章》以外は、構成的に見ても
現行の第1交響曲とほぼ同じものです (だからなおさら凄いと言える)

交響曲とは、旋律や和声を担当する楽器が少しずつ違うのかな
細かい点を挙げたらきりがないと思いますが
録音の空気がいかにも澄んでいるというか
何となく若々しい感じがして、作曲当時の気分がわかる気がしますよ

いかにも「勢いで書いた」感があるのがいいです
細かく改訂して、現在のような「物凄い」交響曲が成立したのも
(重厚さが加えられたのが最も大きいポイントかも)
こんなに素晴らしい「下書き」があってこそ、というものでしょう☆

第5楽章 (交響曲の第4楽章) に、圧倒的な破壊力を感じないのは
オーケストレーションによるものでしょうか (音量はかなりのものです)
フリエンドの指揮は、極端に重苦しい方向には傾きません
時々、弦の重低音が場を支配しますが
その辺りは最終的な交響曲稿を予感させますね

最近になってCDに収録されることの増えた《花の章》
これの完成度が周りの楽章よりも高い気がするのも興味深いなぁ
現行版にも、《花の章》はあってもいいような気がします
曲全体の中、何とも不思議な緩衝地帯となっているように思えます
従来の交響曲の4つの楽章のどれにもはまらない「マーラーワールド」

第2以降の曲に、楽章が4つより多いものがあるのは
自らの「ワールド」の表現には楽章が4つでは不足である
なんてマーラーは思っていたのかも知れないですね 
プロフィール

quietplace

Author:quietplace
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