チェンバロの響きをリスペクトする現代ピアノ奏法  J.S.バッハ

初聴楽は本を読みながらでしたが、!結局は聴き入ってしまいました☆

BachGoldbergLifschitz.jpg

バッハ Johann Sebastian Bach (1685-1750)
ゴルトベルク変奏曲 "Goldberg-Variationen" BWV988
コンスタンティン・リフシッツ Konstantin Lifschitz (piano, 1976-)
オルフェオ C864 141A (2012)

この曲を初めて聴楽したのはたしか2000年、35才の時だったか
タイトルだけは知っていたんですけどね、何か難しそうな印象があったなぁ
何となくのイメージより、実際に聴楽してどんな風に気に入り
またどんな風に気に入らないか見極める…
聴楽姿勢に変化の兆しが出たのが今から15年くらい前だったんですね

個人的にはピアノでの演奏が好きですね
チェンバロは、距離をおいて幽かな典雅さを愉しむには最高の楽器ですが
私が聴楽した録音は、うむむ、楽器が「目の前にあり過ぎる」感がハンパなく
いささか疲れる感じがするんですね
ということで、ピアノ盤はこれまでに10種程度を聴楽して来ましたが
ここに来て、ついに「超えた」録音が登場しました

リフシッツは初聴楽。彼は17才の時にもこの曲を録音していますね (Denon)
(しかし、フツー17才でこの曲は録音しないだろ☆)
今回は、36才になる年の録音で、約20年ぶりの再録音
聴楽してちょっと驚いてしまったのは、この曲におけるピアノの音

私がこれまで聴楽して来た盤は、ゆったりとしたテンポで
「しっとりした」感じの音で運んで行く感じのものでした
今まではシフ盤 (ECM)がお気に入りだったのですけどね

リフシッツの奏法による部分が少なからぬ要因とは思いますが
彼の出す音は「しっとり」という感じではありません。しかし…
しっとり感を完全に閉め出すまでには行かない「軽やかさ」がある
不思議だ…、何とも言えない「清潔感」とでもいうのかな

響きに「水分」があるとすれば、完全には乾ききってはいない
かといって「過多」の方向にも行かない、不思議な端正さを感じます
この「ひたひたと進む」ことに迷いが感じられない、明晰寄りの演奏…☆
しかし、「全てを明快に」とまでは行かない所で寸止めしている
チェンバロを顕彰 (リスペクトか?) するような現代ピアノの鳴らし方
やっぱり「おっさん」になってからの再録音
周到な準備と研究の賜物とでも言うのでしょうか? 

テンポと座右の銘盤の関係   J.S. バッハ

「いい時間」を得るために盤をプレーヤに載せる…、最高の愉しみです

CoppeyBach.jpg

Johann Sebastian Bach (1685-1750)
The Six Cello Suites
Marc Coppey (cello)
AEON AECD 0316 (2003)

以前にもチラッと書いた記憶があるのですが
組曲の第1番ト長調BWV1007の第1曲のポイントに関しては
「まずはTempoの安定」と書いていました(記事番号82, 09/03/2011)

その後、たまたまネットでの試聴の折
正にBWV1007-1での「Myツボどんピシャ」の演奏に遭遇しました
前述記事番号82のOstertag (Coviello)盤の演奏時間と比べても
数分の小曲とはいえ、約50秒もゆっくりしています (2:49)

このTempoに触れた時、珍しく非常に衝動的な気持ちになりました
まぁその「すぐにでも手に入れたい」という気分です
この当時は一時的に品切れの時期だったようですが
すぐに海外のAmazonで復活しているのを発見!

しかし、Tempoというのは不思議なものですね
思わず「おぉ」とか思う新譜の情報を得て
当然に、それを聴楽する時のことを想像する訳ですが
やはり、想像の中でも自分の好みの速度で音が鳴っているんですねぇ
少しでも理想のTempoと違う場合には
それは座右の銘盤とはなりにくい、厳しい点があるような…

この速度は、私なりの「バッハの世界に入る速度」のようです
遅い速いのどちらにしろこれより離れ過ぎてしまうと
ちょっと「世界」には入れない
「入れない」演奏がダメという訳じゃない
ただ、自分的に「これじゃない」と感じるだけなんですけどね
もうはっきりとそこに「どこか落ち着かない気分」が醸成される…
本当に趣味というのは気まぐれですな

こういう曖昧でありつつ厳しい関門を通り抜けた後に聴こえてくるのは
もうこの忙しい世の中で体験可能な中でも、最高の心地よさなんでしょう

どんな人にも「ついプレーヤ」に載せてしまう
そんな盤があると思いますが、私の場合には
なぜそれは「そんな盤」なのか、ちと今回考えてみた感じです

Marc Coppey (マルク・コッペイ 1969-)の演奏は
彼の他の盤でもそうなんですが、どういうわけか
峻厳さとか、強烈な熱気とは離れた所にあるような気がします
しかし、一貫した安定性である種の世界を創り出す
そういうことは、おそらくあるんでしょうね

物凄い喧騒からは遠く、完全な無音の間に近いが、静寂ではない
ほとんど黙っているけれど、時々話しかけて来られるような
でも、特にこちらから気の利いた返事をする必要もない安心感
これを求めて、時々どうしても手が伸びてしまう盤なのですね

静かな夜、対話   J.S. バッハ

唐突ながら、私は「落語」って未体験なんですが
名人の語り口って、この曲の良い演奏と共通点がある気がします


BachOstertag.jpg
J. S. Bach (1685-1750)
6 Suites for Violoncello Solo
Martin Ostertag (violoncello)
Coviello Classics COV 20708 (2006)

この曲のCD選定は、なかなか悩ましいものがあります
一番重視するポイントは、tempoの安定
興に乗ったのか、伸縮が極端なのは…ぱす
BWV1007の最初の曲が忙しいのも…ぱす

この冒頭のtempoが高速な演奏が多いんですよね…
が、これは自分の記憶の隅にある印象によるものであると
最近になって気づきました
TV番組で、このBWV1007の冒頭を子供が練習している
そんな場面に出くわしましたが
その演奏は、まぁ子供だから当然ながらゆっくりtempo
(一般的な演奏の約2倍弱の緩やかさかも…)
実はこの時の速度が私の記憶に刷り込まれておりました
「このゆっくりtempoでないとね☆」と思っていましたが
ちょっと考えてみればわかること
冒頭をゆっくりやってしまうと、全体が間延びする
自分の速度感覚というのは、本当にアテになりません

まぁ、やっぱ極端な伸び縮みtempoの演奏のみは…ぱす
これで、いろいろな盤が購入候補に昇るようになり
Amazonと国内店舗価格の乖離が激しい今回の盤を捕捉
(塔約\5400、尼約\2000+送料\300)
アートワークの佇まいも私好みなんで、購入の運びに♪

演奏者の解釈に飛び上がらんばかりに驚愕する
これは私が聴楽に最も不要と考える要素であります
その点でこのOstertag (オステルターク) の聴楽は正に快体験
もう本当に淡々と進めています
これは、おそらく技術もそれなりにあるからではないか?
だって素人の私の耳にさえ、音程が微妙な録音ってありますからね
そういう「ギクッ」という瞬間は、特にというか、全く感じませんでした

「絶対必携の永久保存盤」…、これは私の蒐集感覚では
ちょっと余裕がなさ過ぎと感じます。そこで
「CDラックにあっていい。中古屋さんに送り出す理由もない」
こんな所でいいんじゃないかと思います

この曲を堪能する最もよい空間、時間はいつか?
仕事も終わり、夜。明日に備えて横になって本を読んでいる…
(翌日が休日ならばなお可、最高に可)
音量はやや絞り加減で、視覚的な本の情報を味わい
耳はどことなく周囲の音を取り入れている…

そうするとですね
絞った音量による、明瞭と言い切れないCelloの音が
完全には聴き取れない、人間の対話のように聴こえるんです
これが、どこからともなく流れて来る

静かな夜。殆ど外の音も聞こえず、ステレオからはJ.S.Bach
やや弱く「そうだな…、…、うん」「でね、…ほぅ、…、ふふふ…」
内容はわからないけど、暖かく、落ち着いた淡々とした会話が聞こえる
私はそんな豊かな錯覚に捉われるんですね

若き音楽家のフレアが大炸裂  J.S.バッハ

音楽に「振り回されること」の快感があります

Bach_cpo_complete.jpg
J.S. Bach (1685-1750)
Fantasia in g BWV 542/1
Gerhard Weinberger (organ)
cpo 777 363-2 (22CD)

いわゆる「大ト短調」です
今まで購入したことのあるCDでは、不思議に遭遇したことがない曲で
10年程前に、Simon Prestonの全集(DG)で初めて聴楽し
後半の見せ場、爆発的な音の流れの中
低音が半音階的に下降して行く部分に衝撃を受けました
その後の関心が当時が伸びなかったというだけで(苦笑)
醸し出す異様な世界の記憶のみが残っておりました

で、時は流れて今回のWeinberger盤の登場です
FantasiaとFugaが分離されていて
収録されている盤まで違います。これはどういうことか?
まだBookletを読んでいないのですが
何か書いてあるかも知れません

でもって余計なことを考えずに聴楽してみましたが
わざわざFantasiaとFugaを連結することの意味は
特にないのでは?とも思っています
単独でもそれくらいの高緊張度を伴っているのかな…
ヘッドセットで聴楽しましたが
もう終わった瞬間に「すげ~!、すっげ~!」というか。ハハハ
自然に拍手しちゃいましたよ。手が痛くなるくらい
大笑いしたくて堪らなくなるような快感☆

Bachが当時教会でこれを弾いた時の聴衆には
おそらく今のメタルなんて比較にならなかったのではないか?
このような激情的気分を、僅かの時間に凝縮しているとは…!
主題の古風な佇まいを、超過激に渦巻くパッセージで武装してあるというか
若きBach(35才)のフレアが炸裂する輝かしい時間と空間を得られます

一聴驚愕し、何度か聴楽してみて考えたのは
この作品がとても300年も前に書かれたものと思えないことで
ヘタすると20世紀中盤と言ってもあまりおかしくないとも感じることですね
重低音から高音に至るハーモニーの重ね方の妙というか
超大型台風のような激烈さを支えているのも
やはり緻密な構想と周到さだというのを本当に強く意識させられます
これはBachが今も愛される要因の一つなのでしょうね

久々にですね
自分の持つ「聴楽観」をひっくり返されそうになる
そんな豊穣な聴楽時間なのでした

たった一人の集中力  J. S. バッハ

大物がリリースすると、いつも気になる曲といえば、これでしょう

kremerbach.jpg

J. S. Bach (1685-1750)
The Sonatas and Partitas for Violin Solo BWV 1001 - 1006
Gidon Kremer (violin)
ECM 1926/27 (2001, 2002)

さて、もう十分に有名な盤です
(旧Philips盤(1980)の方を数年先に聴楽しました)
Kremerの音色についても、いろいろ語られていますが
彼の出す音が「神経質」とか「どぎつい」というのは、私には?です
その部分を殊更に強調して、なおかつ「凄い」。これが、何と言うのか
よく雑誌等で見かけるパターンの文章ですね

私の場合、録音に何を要求しているんでしょうか…
漠然とはしていますが「中庸のインテンポ」くらいが、まず頭の中にあり
ネット上でのレビューでも、点検箇所は大体決まっていて
平均的な速度から極端に速くもゆっくりしてもいない、これかなぁ

技術的にどうかというのも、意外にレビューだとわからないものです
一応、楽譜にある音符とその長短だけはしっかり再現していて欲しい、かな
特に意識していない点といえば、音の強弱くらいでしょうか
これだけは進行する時間中での完璧に近い再現は、職業音楽家でも困難でしょう

こう進めて行くと、もう候補の盤はほぼ皆無に近くなりますが
ここからが盤逍遥の愉しい所です。調べに調べて、でもって決める…
おぉ、外れた時の脱力感よ(苦笑)。当たった時の充実感、これなんですね
Kremer盤は、私の厳しい(大袈裟)盤選考基準の中を生き残り
尚且つCD棚上の存続期間も最長の部類に属する盤となりました

この盤の発売に際して、レコ藝誌のレビューを今でも何となく覚えていて
「何とかして欠点を探し出したいのに、どうも上手く行かない」という
商業的な都合を、盤が嘲笑っているような感覚にとらわれたものです
「もうそんな場合じゃないんじゃないかな?」と問われているような、ね

でもって、私はこの盤の凄さは何か、と尋ねられれば、全く返答できません(笑)
まぁ、普通に楽譜を再現する技術力と同時に存在する、テンポ維持の集中力
これらが存在することは確かだと感じていて、私にはそれで十分過ぎると思いました

この曲集の印象としては、不思議にも
「聴衆の目の前で演奏していない」という感覚があります
孤独に、しかし一心不乱に鳴らしている画が浮かび上がってくる

弦はたった4本で、しかも身体に密着させているというのがポイントかも
このことが、奏者自身の意識を楽器の隅々まで行き渡らせることを可能にして
聴衆側には勿論音は届いているけれども
同時に奏者自身の内側へも向かっているような気がします
聴いている側としては、「いい音楽だなぁ」という感覚と同時に
奏者に対して「音楽と一緒にいられて羨ましい限り」とも感じているのかも知れない

これが「ひとりでいい気分になりやがって」と思わせない奏者が大家なのかも(苦笑)

kremerBach.png

この曲が気になりだしたキッカケは実演でしたね
(堀米ゆず子 (violin), 23/03/2000 三鷹市藝術文化センター風のホール)
Prokofievの第2ソナタ目当てで行った演奏会でした
シャコンヌ(BWV1004)1曲だけでしたが
この曲への関心の全ては、ここから始まったわけです

舞台上でのインタビューの時間もありまして
堀米さんはにこやかに話をされていましたが
その時の雰囲気と、シャコンヌ演奏時の集中感の対照が強い印象を残しました
プロフィール

quietplace

Author:quietplace
聴楽記へようこそ!
関心事を書きちらしています。

FC2カウンター
ブログランキング
以下のランキングに参加中です

にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ
日本ブログ村 PVランキング
よくわかりませんが、取り敢えず装着してみました。
最新記事
カテゴリ
最新コメント
ブロとも

染のブログ
月別アーカイブ
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

RSSリンクの表示
QRコード
QR