時を経て届く充実の芸   ヒンデミット

今年、この人のことを書かずに終わることは出来ないのでした☆
恥ずかしいことに、没後50年の年だというのを最近まで気づけなかったんです

HindemithDG.jpg

ヒンデミット Paul Hindemith (1895-1963)
交響曲『画家マティス』 Symphony "Mathis der Maler" (1934)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 Berliner Philharmoniker
パウル・ヒンデミット Paul Hindemith
ドイツ・グラモフォン Deutsche Grammophon 474 770-2 (1955)
(未開封中古:2013年10月、ディスクユニオン御茶ノ水にて購入)

1955年の録音ということは、私の生まれる10年前の話で
当然モノラル録音なんですが、意外にいい音です
近年のリマスター技術の向上を感じずにはいられません
音の遠近感や、脇役の金属打楽器の響きなど
思ったよりもという印象です
音の張りは、もう「これはベルリンフィル」という感じの厚さです
これはもう時を経ていても変わらないのですね
「伝統」というものを感じてしまう瞬間でしょうか
特に今回は作曲者の指揮による自演という緊張感が
もしかしたら、こちらの耳に特別に作用しているかも知れません

第1楽章「天使の合奏」 (09:05)
第2楽章「埋葬」 (05:02)
第3楽章「聖アントニウスの試練」 (13:21)

同名の歌劇の素材を元に作曲されてまして
各楽章にはタイトルがあります
プロットとは、つかず離れずという印象かなぁ
(Wikiで読んだ限りでは、普遍的ながら、考えさせられるものです)
まぁここから、更に自由な想像を巡らせるのが実に楽しいのですね

この曲は、総譜のテンポ指示の影響なのか
今まで聴いたどの録音も、ほぼ同じような演奏時間ですが
それでも指揮者と楽団により、少しずつ何かが違って来ていて
その微妙な差異を愉しむのが一つのポイントでしょうか

ヒンデミットは、雄大な部分は思い切り拡げて
速度を増す箇所に来ると、楽隊を煽るような感じの行き方かな
実に技術の限界を試すような瞬間もあり
特に第3楽章の構成は、さすが本家本元という感じがします

今回なぜそう感じたかというと
この楽章は、何とはなしに、最後の金管群の合唱を待っているような
我慢とまでは行かないが、まぁそう遠くない気分で聴楽していたかもねぇ…
今回は、そこに辿り着くまでの過程を実に楽しめた気分がするのですね
緊張感が楽章全体を一つのクレッシェンドに仕立てているというのか?

でもって当然ながら、楽曲の接続的な部分でのタメや間の取り方
これにはやはり唸ってしまうような自然さがあります
自作でもって名楽団を挑発する余裕の指揮芸ですな☆

鳴り響く音楽   ヒンデミット

21世紀の管弦楽作曲家は、20世紀の先達を超えられるでしょうか…

NeschlingHindemith.jpg

Hindemith (1895-1963)
Symphonic Metamorphosis on Theme of Calr Maria von Weber (1943)
Sao Paulo Symphony Orchestra
John Neschling
BIS SACD 1730 (2008)

この曲を聴楽する上で、何が一番嬉しいことかって
それは1943年作曲の音楽であることです
いわゆる「現代音楽」的音響が次第に楽壇を覆って行く中で
こういう反逆児みたいな、しかし陽気な音楽が出てくること
それが何より喜ばしいことなのです

「ウェーバーの主題による交響的変容」か…
「変容」という言葉の響きから、何か晦渋な音楽かと身構えますが
いやいや、聴楽するこちらの表情が思わずほころんでしまいます

基礎にした題材がWeber (カール・マリア・フォン・ウェーバー 1786-1826)
こういう捻りがまたHindemith (ヒンデミット) らしいというか、イイ☆
日本では原曲の方はほぼ全く知られていないと思いますが
そんな音楽たちが20世紀の大管弦楽で蘇るのは、もう愉快の一言

演奏のサン・パウロ交響楽団は、以前にResphigiで初登場
その時も今回も滑稽演奏だったら嫌だなぁと心配しましたが
まぁ、連続してそれは杞憂になりまして一安心
私ははっきり言って、オーケストラの上手い下手はよくわかりません
楽譜通りの音を出していないとか、演奏中に止まるならまだしも
少なくとも間違えではない(と思われる)音を出されていたら
本当に技量的優劣なんてわかるんだろうか
なんて感じもしています

今回の盤は、去年投稿したAbbado指揮Berliner盤と収録曲も同じです
Berliner盤の方が、フレーズ間の「間」が引き締まって聴こえるというか
各パッセージの尻尾をギュッと締め付けるようなタイトさと言うのかな
そういうのは何となく感じはするんですけどね
Neschling盤は、その辺はもっと大らかに
しかも開放的に鳴らしている、ように聴こえます

Hindemithの音楽を聴楽する時は、ハーモニーの緊張感において
いつもProkofievのそれも想起しています
摩訶不思議な音響を思い切り堪能させながら
第1曲中間部での金管群の輝かしい咆哮
第2曲の打楽器による緩やかな東洋趣味と、トロンボーンのリサイタル
第3曲で、ほの暗い片隅で息をひそめるフルート
第4曲における、剽軽さと勇敢さの同居する晴れやかな行進曲
(私は第4曲のようなストレートな音楽にはジーンとしてしまいますね)
大規模なのに軽やかな大管弦楽の乱舞になるのが共通すると感じます

まだ70才にならない楽曲なのに、本当に天真爛漫に響く曲ですね
いわゆる「現代音楽」だって響きの冒険として非常に面白い曲もありますが
やはりこういう曲を聴楽してしまうと
忘れていた何なんでしょう、思わず歩調を取りたくなるんですね

とか何とか書きつつ、当時のHindemithの心境は複雑だったでしょうね
作曲態度についてナチスと衝突して追われ、逃れ着いたアメリカ
故国のことを彼はどう思っていたのか、誰にもわかりません
ただ、私には第4曲の行進曲には何かの気持ちが込められたと感じます

楽しく鳴り響く音楽って、もうまともには作曲されないんでしょうか?
ProkofievやHindemithが系譜の最後になるというのは勿体ないと思いますよ

76年前、初演時の気分  ヒンデミット

DGの録音は、こういう「王道」を離れた感じの盤に面白いのが結構ありますよね

hindemithabbado.png

Hindemith (1895-1963)
Symphonie "Mathis der Maler" (1934)
Berliner Philharmoniker
Claudio Abbado
Deutsche Grammophon 447 389-2 (1995)

印象としては、音楽史上の「鳴り響く音楽」って、今のところは
この人の作品群が最後の輝きみたいな感じを持っています
現在イメージする「大管弦楽」の形は
Respighi, Prokofiev らと共に一旦?幕を引くように聴こえる、かな

Beethoven 以降、管弦楽作品は、どちらかと言えば
比較的わかりやすい人間的な感情を表現して来たと思いますが
これが20世紀に入る前後から、より複雑になり
同じ人間の感情と言っても、どこか奥にある不可解な箇所というか
そちらに光を当て始めたような気がしています
(Stravinsky は途中からそんな感じでしょうか)

この曲の初演は、指揮Furtwanglerで、楽隊は勿論Berliner Philharmoniker
ということは、約60年後にDDDで録音されたのか…
これからは、曲に所縁のオーケストラでの録音にも少し注目しようと思います

90年代の、まだ落ち着きを保っていたDGのジャケットを眺めていると
心の中は76年前の初演の頃に戻ったような気になります
大編成、勢揃いしたBerliner Philharmonikerの楽員が
指揮者Furtwangelrの動きを注視しながら、最初の音を出す瞬間…
(蛇足ながら、私はFurtwanglerはまだ未聴です)

私は当時の聴衆がとても羨ましいと感じています。彼らにとっては
これから先の未来の音楽が、ワーッと壮大な音響を轟かせるものでない…
このようなことはあまり想像することが出来なかったと思います
そういった空気の中で、これから先はどのような音楽が生まれて来て
自分を満足させてくれるだろうか?。そう考えるだけで昂奮を覚える
なんてことがあったかも知れませんね

「いわゆるオーケストラ」らしい楽曲の歴史、なんて
本当にBeethoven以来、たかだか150年ちょいのもんですが、それなのに
この《画家マチス》のような作品が、新曲として聴ける可能性は、今は限りなく低いです

まぁ、この作品は元が歌劇ですから
その分、聴楽していても過度に冷静な雰囲気ではなく
出自の似た Prokofiev の交響曲第3番ハ短調Op. 44を思い出すことがあります
(Prokofiev の方は初演1929年)

この150年程度の短い年月の間に
音楽作品の構成は、ある程度は飽和状態になったとも言えるかな
Beethoven や Mozart のことを考えても100年と少ししか離れていない
Hindemithの作品は、先達の創造したような伸びやかな、激しい、ノンビリした
そして美しい旋律が多くはあるものの、それらはとても複雑なハーモニーや
不協和音の中を掻い潜るような役目も持たされているようです

込み入った和声や、不協和音のおせっかい、などの支援を受けつつ
豪快に盛り上がるこの《マチス》は、今聴くと、奇跡的な創作だったのかも知れません
正に第3楽章大詰めに出るファンファーレは20世紀的で
錯綜した中から決然と吹奏され、多くの迷いを抱えつつ
最後にはそれらを全部まとめて吹き飛ばすカッコ良さにシビれる自分がいます

今回のCDは、評価が高いかというと、そうですもないですよね(苦笑)
しかし、私にとっとは、このBerlinerの力の込め方はハンパじゃない気がします
楽員たちにとっては、いわば「御家芸」であるべき曲
どこか気負った感じもあるのでないかなぁ…、その辺が私には実にCharmingな訳です
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Author:quietplace
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