会場の大気を斬る☆  バルトーク

この人の凄いところは、晩年になるほど
レパートリが面白い方向に拡がったというところですね
今回も、まさかバルトークとはという点がいい☆

BartokHarnoncourt.jpg

バルトーク Béla Bartók (1881-1945)
弦、打楽器、チェレスタのための音楽 Music for Strings, Percussion and Celesta
ヨーロッパ室内管弦楽団 Chamber Orchestra of Europe
ニコラウス・アーノンクール (指揮) Nikolaus Harnoncourt (1929-2016)

この曲の第1楽章の持つ「空気」が好きです
ほの暗い大気の中を弦楽器群が半音階的にうごめく
暗闇の中を何かが少しずつ動いている
そのことはわかるが、それが何かはわからない
弦の絡み合いはしばらく続く
闇はどこか不安な感じを与えはするが
次第にそれは、どことなくその中に息を潜めて隠れるような
そんな「くつろぎ」ももたらしてくれているような気がします

緩急緩急のスタイルで全4楽章
(9:09/7:49/8:05/8:07//33:10)
バルトークの意図した時間より約8分遅く
各種名録音より3から4分遅いです
実にじっくりと音楽を進行させています

ゆるやかだが不安定な弦
鋭く突き刺さる打楽器
これらが演奏会場の大気とぶつかり合うことで
相当な緊張感が生まれていることは確かですね

第3楽章の鋭い音は、木琴の音だそうですが
何となく歌舞伎の「き」の音を連想させます
ティンパニのグリッサンドとの組み合わせで
「何かの登場」を思わせるのも歌舞伎的な気がしますよ

ただ、この楽章の空気はやはり第1楽章につながる
ほの暗い、しかし不思議に一息つけるような趣があります

バルトークは、彼に特有の「民謡的要素の抽出」を
第4楽章でもごく瞬間的にしか出さず
その「出して来なさ加減」が実に「らしい」んですが
最後の瞬間、フルスピードで「要素」を見せて
会場の大気を斬って終わるのがニクいですね☆

未知の曲に圧倒される快感   バルトーク

!、!、と思っているうちに聴了してしまった曲ですね。おぉ…

BoulezWoodenPrince.jpg

バルトーク  Bela Bartok (1881-1945)
バレエ音楽『かかし王子』  The Wooden Prince Sz 60, Op. 13 (1917)
シカゴ交響楽団  Chicago Symphony Orchestra
ピエール・ブーレーズ Pierre Boulez (1925-)
ドイツ・グラモフォン Deutsche Grammophon 435 863-2 (1991)

大作曲家の作品でも、まだまだ未聴の作品が山のようにあります
今年に入ってからの私のグラモフォン・ルネサンスにおいて
とうとう聴楽の機会が巡って来た曲ですね

演奏時間54分56秒、管弦楽作品としては最大規模じゃないかな
この感じ、ラヴェルの『ダフニスとクロエ』を思い出しますが
バルトークの方も、奇しくも時期を同じくして世に出た傑作だと思います

おおいにバルトーク・ワールドに浸れる約1時間ですが
CDのブックレットにはバレエの粗筋が
非常にシンプルな英語ながら紹介されていて
お伽噺のスタイルを借りた何とも言えない「いい話」です
人によっては陳腐に思えても、そういう発想の方が陳腐だと私は思うのです…

検索の発達したネット上においては、筋をここに書くのは無粋でしょう
(「かかし王子」でいろいろなサイトがヒットします)
人にとって、本当に大事なこととは何か
何が真に「かっこいい事」なのか
時代が変化して行っても不変、普遍の何かが表現されています
時として鋭角的な、しかし超自然的ですらあるバルトークのハーモニーが
シンプルな物語を盛り上げます

私見では、全曲の中心部は
本物の王子に目もくれず、王子が気を引くために作った「かかし王子」と
踊ろうとする王女のダンスの場面でしょうか
もうバルトークとしか言いようのない旋律線なんですが
彼としては、どこか不思議なオブラートに包まれているような
しかし、何とも高揚した気分を持ってしまいます

第1曲目が約5分をかけて、徐々に音響が豊穣になって行き
終曲の第8曲で、妖精のかけた魔法が解け
全てが解放されて行くような心地よい音響に消えて行く…

主旋律みたいなものは、ないと思いましたが
模糊とした中から次第に形容をはっきりさせ
種々の工夫で大いに楽しみ、再び大気に全てが溶け込んで行く
音の醸し出す「空間」の構成が巧みというか
大規模な「大気の三部形式」みたいな仕組みと感じます

1991年の録音ながら、かなり精緻な音が伝わります
しかし、ブーレーズの音楽運びは上手いなぁ…
意外にお耳にかからない曲なんですが
バルトークの面目躍如というか
まだこんな曲が聴かれずに残っていたのかと
大いに感慨深くなるのでした

ソナタ形式って…   バルトーク

20世紀の無伴奏って、やっぱこれだろうと思います
papavramiBartok.jpg
Bartok (1881-1945)
Sonata for Solo Violin
Tedi Papavrami (violin)
Aeon AECD 1101 (2008)

10年程前に、Naxos盤を頻回購入していた時期がありました
当時の私の聴楽は、近現代の管弦楽作品に傾斜しており
音楽史上の超有名作曲家の超有名作品を全く知らない状況でしたね

その頃、Internet上の掲示板において
日頃話す機会のなかったClassicalの話題をする環境が整って来ていました
いろいろな投稿に刺激されたのだと思いますが
てっとり早く多様な作品を聴楽する手段なんてないと思っていたところ
Naxos盤の存在を知ったのですね

当時大体790~890円という不思議な価格で販売されていまして
Bach, Haydn, Mozart, Beethoven, Chopin, Brahmsの作品は
有名どころは殆どNaxosに世話になったと言えます
今は全て中古屋さんに旅立たせた、それらの盤が
今の私のコレクションの基礎になっていると思うと
それはもう感慨深いものがあります

今回のバルトークも、かなりNaxosで世話になりました
この「無伴奏ヴァイオリンソナタ」は、意外にも初聴楽で「うむ」と感じました
それから何年か、…再び私のCD棚に今回のAeon盤が来朝しております

1944年(昭和19年)と言えば、もうBartokの最晩年と言っていいでしょう
名奏者Yehudi Menuhin (ユーディ・メニューイン 1916-1999)の委嘱ということです
最近の私は、楽曲成立の経緯に関心が強いんです
原因はよくわからないんですが、そういうことを調べることが愉しい
それだけはわかっています

全4楽章の構成です (全曲演奏時間 23:53)
1. Tempo di ciaconna (9:27)
2. Fuga : Risoluto, non troppo vivo (3:55)
3. Melodia : Adagio (6:18)
4. Presto (4:53)

ソナタと題名されていますが、じゃそれはどの楽章なのか?
第1楽章がそれらしいですが、それでもソナタ形式「的」ということらしい
Beethovenの時代に比較すると、作曲がなされた20世紀前半は
既に世の中が複雑になり過ぎる寸前といった時期かも知れません

ソナタは形式上の問題ではなく、既に「感情」の形式になっていたのかな
共通する気分を持った段落の連なりが、ある種の形式感を耳に与える
接合部の判然としない、しないが故に現代のソナタと言えるのではないか…
そう考えると、MahlerやShostakovichの交響曲も
とても聴楽しやすいということを、以前は修辞の上で理解したのみでしたが
今では、何かとても実感が高まって来ていると感じるのですねぇ

ということで、自由奔放なまでの第1楽章です
主題を強烈な気迫で分解展開して行く感じは正に20世紀のCiaccona!
BachのCiacconaの上に、時間と複雑怪奇な歴史を上乗せして
その果てに出てくる荒涼としているようで熱い音楽が噴き出す…

続いて、純粋な音の運動が感興を引き起こす第2楽章Fuga
歓喜とか悲嘆を思い切り蒸留した末に引き出されたような
究極の歌であるような第3楽章Melodia

正にBartokワールドを愉しませてくれた最後に
急激に物凄い駆け足になって音楽を締めくくる第4楽章Presto
この形の終わり方って、管弦楽のための協奏曲Sz.112と似ているような…
こういう小気味よい終わり方って
何かBartokが極太の毛筆を手に持って書きあげた文章の最後に
思い切り「。(まる。完っ!)」って書き込むような映像を想像してしまいます

Tedi Papavrami (テディ・パパヴラミ) の演奏は、なかなかの熱の籠りよう
息遣いや、弦を擦る音が非常によく聴楽できます
これだけの音の物語を現実の音として鳴らすには
これだけの労力がかかるというのがよくわかる録音です

超強力自作メガミックス   バルトーク

苦手曲から、最高の曲になった珍しいケースです

BoulezBartok8CDS.jpg

Bartok (1881-1945)
Concerto for Orchestra
Chicago Symphony Orchestra
Pierre Boulez
Deutsch Grammophon 00289 477 8125 (1992)

Bartok (バルトーク) は、Prokofievと同時代人と言えます
創作の点で、多少は恵まれていたかも知れません
Prkfvの場合は、創造の芯は侵されなかったと思いますが
どうしても体制を意識しないではいられなかったでしょう

Bartokの場合は、己の道を突き進んでの苦境でしたから
本人の創造の源泉はもしかしたら安定していたかも…

《管弦楽のための協奏曲》、突き放したような抽象的な表題
Classicalを聴楽し始めた頃、FM番組の中に
注目の小曲を発見し(確かラコッツィ行進曲)
その前にこの曲があったのですが、小曲1つのために
40分間ひたすら我慢した記憶があります
今思えば、宝の山に気づかずにいた訳ですね。懐かしい

荒々しいというか、ほの暗い無骨な音響の衝突
次第に音を集積させることによる灼熱の瞬間の演出
突如として出現する「歌」にハッとさせられます

私のClassical聴楽は、古典浪漫の佇まいとはまた別の
20世紀の音の運動に対して感激するというのか
そんな部分から始まっているようです
しかもこれからもずっと続きそうですね

第1楽章の、しなる鞭のような弦楽器で強奏される主題
楽章後半の押し寄せるような金管群の大合唱
ハープや小太鼓の印象的な鳴り…
最晩年の「超強力自作メガミックス」みたいな賑々しさです

特定の楽器を剥き出しの状態で豪快に鳴らす点で
同時代のProkofievよりは
やや遠くTchaikovskyの響きが見える気もします

個人的に最高の瞬間は、第5楽章終盤での
やる気まんまんの金管群の大ファンファーレに続いて
小太鼓のクレッシェンドが入って来るところかな
強くグーを握ってしまうというか
思わずの感情の発露として、大笑いしたくなる箇所です

極端な洗練、大げさな変形…、それらと無縁に感じる
しかし余裕と力溢れるBoulezの指揮とChicagoの鳴りっ振り
独自の地所を完全に確立しているとしか言いようがありません

Bartokの作品で「スカッ」とするのは珍しいのですが
何とも怖そうな顔つきで「たまにはそうなるのも、まぁいいだろ!」
そんな風に言われているようで、ちょっと嬉しい気がします
プロフィール

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